悲しみの海

3/7

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
聴き始めた時からわたしは、あの世界に飛ばされてしまっていた。 他のことを全て忘れて、ただただ、彼女が訴えかけようとしている辛さを受け止めていた。 彼女の姿は真っ黒だ。 一心不乱に、恐らく何分も、何時間も、言葉では伝えきれないはみ出す程の、自分が抱える悲痛を伝えようとしていただろう。 彼女の涙は見えやしない。でもわたしには何故か、彼女は泣くような人じゃないと感じ取れていた。 だからこうして、誰か自分のことを分かってくれる人を待ちながら吹いているのか… しかし、そう吹いてながらも彼女は一度も此方には振り向くことが無ければ、音楽を止めて息を休むことも無い。 気づいて欲しいのか、ほっといて欲しいのか、わたしはこのメロディを壊したくない故、話しかけれなかった。 しばらく、何も思わないまま、目の前の不思議な風景と、波の音が混ざる旋律を、続々と体を通り過ぎる冷風と共に鑑賞をし続けた。 そうしていくうちに、記憶の映写機が回され、断片が脳内に投影されていった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加