盲目ルッキズム

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「この子マジ可愛くねっ!?」  いつものように私が教室に入ると、なんとも男子高校生らしい浅慮な俗気に満ちた耳障りな声が聞こえてくる。  彼ら数人は、一人の男子生徒の手に握られたスマホの画面に釘付けになっていた。おそらく、今話題の女優かアイドルの画像でも見ているのだろう。いつもながら欲情に満ちたバカバカしいやりとりだと思う。  そんな光景を横目に、憂鬱な気分のまま喧騒の中を歩き進め、私は自分の席に辿り着く。そしてバッグの中からロクに読まない教科書とかを取り出していく。 「二組の稲垣くんってかっこいいよね〜」 「あ〜、マジそれな〜」  席についたらついたで、今度はなんとも女子高生らしい低劣で卑俗な内容の会話が聞こえてくる。とはいえ、私もその女子高生な訳だが、くれぐれもあいつらとは同族だとは思わないでほしい。  と、友達の一人もいない私はそんなことを思いつつ、バッグの中から読みかけの小説を取り出し、野暮ったい眼鏡をかけていつも通りホームルームまで時間を潰す。  ……にしても、本当に学校というのはうるさくて仕方ない。  小説に目を向けたところで、周りに吹き荒ぶ俗語の嵐に意識を乱されてしまう。 「やっぱ彼女にするなら優しい子がいいよな?」  ただし美人に限る、と。 「俺は賢い子かなー」  ただし美人に限る。 「でもよ、頼れる強い女の子も良くね?」 「「わかるっ!」」  ただし美人に限る。  ……いかんいかん。こんなどうでもいい俗欲に塗れた会話よりも、私は小説の続きが読みたいのだ。意識を取られないようにしないと。 「話聞いてくれる彼氏とか欲しいな〜」  ただしイケメンに限る(金持ちは例外)。 「気が利く人っていいよね〜」  ただしイケメンに限る(金持ちは例外)。 「あと、ちょっとドジっぽいのも可愛いくていいよね〜」 「「それなっ!」」  ただしイケメンに限る(金持ちは例外)。  いつもながら、なんとも空虚な会話なのだろうと思う。結局、人間の価値というのは全て『』に集約されるのだから、やれどんな人がいいだの、やれあんな子がいいだの話したところで全部無駄なのに。  ……そういえば、こんな言葉を聞いたことがある。 『かわいいは正義』  元はなんかの漫画のキャッチコピーらしいが、詳しくは知らない。  にしても、この言葉は人類の核心をついていると思う。本当に素晴らしい文言だ。  とは、つまるところ『』のことだ。  美形が笑えばとても絵になるし、美形が泣けば人々の心を揺り動かす。美形が成功すれば人々は称賛する。美形が失敗しても過度に責められることはない。美形というだけで過剰に持ち上げられ、美形というだけで過剰に保護してもらえたりもする。  美形がいるだけでその場が和み、美形というだけで多くの人間や物、金、権力を動かすこともできなくはない。淫らな雑誌や週刊誌などを飾るアイドル、女優、モデルとか、小綺麗な立ち絵やアバターに身を包んだインフルエンサーや配信者などがその例だと私は思う。  『かわいいは正義』というのは、全人類を永遠に支配する不変の鉄則なのだ。  まぁ、つまり何が言いたいのかというと……。 【かわいくないは悪】  不変の鉄則の裏返しも、また不変だ。  私が笑っても絵にはならないし、私が泣いても気持ち悪いだけ。私が成功したところで誰も見向きもしない。私が失敗したら普通に失望される。私なんかに誰も構わないし、私なんかが何をしても誰の意識にも残らない。  かわいくない私の存在は、いわばこの世界にとって【悪】なのだ。  すると、教室の前の扉が勢いよく開かれる。 「はーい。じゃあホームルーム始めるぞー」  ……一行も読めなかった。 ❇︎  今日も退屈な授業が6限全て終わり、今は部活動や委員会などの活動が行われる放課後だ。  私はといえば、図書委員の仕事をするために、学校の図書室に来ていた。  仕事とは言ったものの、ただ受付にいるだけいて、来るかもわからない生徒と本の貸し出し、返却のやり取りをするだけ。  基本は受付で座って小説を読むだけの、簡単なお仕事だ。  ここは嵐のように騒がしい教室とは違って、窓の外を吹く微風だけが聞こえる程度の静かな空間。ゆっくりと小説を読むには最適な場所。  今日もこうして、帰宅までの時間を潰そうと思う。 「雉真(きじま)さんっ」 「っうぇぃ」  急に背後から呼ばれてびっくりした。おかげでなんか変な声が出てしまった。  読んでいた小説から視線を上げて後ろを振り返ると、そこにはなんとも可愛らしい風貌の少年がいた。 「なに読んでるんですか?」 「繊李(せんり)……。あれほど気配を消すなと……」  同じ図書委員に属する私の後輩からは、相変わらず生気を感じない。  かれこれ10回は彼と一緒に受付をこなしてきたが、初めて会った時から今回まで幽霊みたいな姿の現し方をしてくる。もしかして本当に死んでたりして。  なわけないか。  と、どうでもいい空想をしていると、繊李(せんり)は可愛くニコニコ微笑みながら口を開いた。 「いや〜、びっくりする雉真(きじま)さんが可愛くって、つい〜」 「……」  相変わらずこいつは世辞と冗談が極端に下手だ。野暮ったい眼鏡をかけた黒髪ロングのよくいる女子高生の私が可愛いわけがない。  こんな妄言を懲りずに何度も口走るということは、もしかしてこいつは私の顔が見えてないのかもしれない。なら早急に眼科へ連れて行ってやらねば(彼の両親が)。 「冗談にしては相変わらず面白くないな。嫌味や皮肉としてもまだまだ練度が足りていない」 「え〜。相変わらず雉真(きじま)さんは厳しいなぁ〜……」  すっごい間延びした声でそんなことを口にしつつ、繊李(せんり)は私の隣の椅子に腰掛ける。毎回思うけどこいつから女の子みたいないい匂いするのなんなん? 男のくせに可愛いのなんなん?  まぁ。そんな『正義側』の人間なんてどうでもいいわけで、私みたいな【悪側】の人間はなるべく人目につかないように小説の世界に逃げ込むだけだ。 「っていうか、可愛いって思ってるのは本当なんですけどね〜」  繊李(せんり)は懲りずにまたそんなことを言ってくる。こいつ目死んでんのか? それとも感性が腐ってんのか?  ここらで一度、私たちは『住む世界が違う』ということをこいつに教えてやらんといけないみたいだ。決して『かわいい』と【かわいくない】は共存してはならないのだから。 「じゃあ、私の顔見てもそんなこと言えるか?」  私は小説から顔を上げて隣を向く。  そして、すぐ側にある繊李(せんり)の儚さを感じる綺麗な顔を見つめた。 「ほら、これだぞ? 眼鏡とかかけて【ザ・陰キャ!】って感じだし、目なんかは一重だし、それ隠すために前髪結構長くしてるし、肌も特段白いってわけじゃないしな。可愛くなんてないだろ?」 「……」  私の怒涛の言葉の嵐によって気圧されてしまったのか、繊李(せんり)はその柔和な瞳を丸くして黙り込んでしまった。 「私なんて可愛くないんだよ。実際、これまで18年間を人間として生きてきたが、一人も彼氏なんてできたことがない(友達もいない)。告白されたこともないし、そもそも身内以外の異性と話したことだって繊李(せんり)くらいしかないしな」 「……」  いつもなら間延びした声でなんか言い返してくるはずだけれど、一向になにも言ってこない繊李(せんり)。私の完璧なる論述につけ入る隙がこれひとつないと言うことか。  と、考えていると、彼は、全く見当違いなことを口にした。 「……雉真(きじま)さん、やっぱり眼鏡かけてたんですね」  いつもの様子とは違う、ちょっとしんみりした口調で繊李(せんり)は言った。 「は? なに言ってんだ? 眼鏡なんてずっと前からかけてただろ?」 「まぁ、そんなような物はぼんやりと見えてましたけど、確証が持てなくって……」 「……」  この至近距離で、眼鏡の有無すらわからないというのか?  だとすると、繊李(せんり)は本当に……。 「実はですね……」  私の思考が整理し終える前に、彼が真実を口にした。 「僕、目が見えないんですよ」  可愛らしい私の後輩は、儚げにそう呟いた。 「あ、でも、真っ暗っていうわけじゃなくてですね、すっごいぼやけて見えるんです。カメラのピントが全然合ってないみたいな感じでしょうか?」 「……」 「お医者さんからは、盲……じゃなくて、網膜……ん? 長いので忘れちゃったんですけど、なんかすごい病気らしいです、僕」 「……」 「小学生と中学生の時は、これでいじめられたりとかして、大変でしたねぇ……。だから高校に入ってからは先生以外には誰にも言わずに隠してるんですよ」  盲目の少年は、胸が痛くなるほどに朗らかな調子でそんなことを言う。 「……なんで私に教えるんだよ。私がいじめるかもしれないぞ?」 「いやいやいや。雉真(きじま)さんは、そんなことしない人だって、信じてますから」  そんな全幅の信頼を私なんかに置かれても困る。  私は、いじめたいとか貶したいだとか、そこまで思えるほど他人に興味がないだけの冷徹な人間なんだから。 「にしても、よく……それで生活できてるな」 「もう慣れました。ちょっとたまに危ないですけど、まぁ、色とかでだいたいわかります」  繊李(せんり)は気恥ずかしそうに頭を撫でている。  なにも知らずにその様子を見るだけなら、明らかに『正義側』の人間だった。 「まぁ、そんなわけで、僕は雉真(きじま)の顔なんて見えてないんですよ」 「なら可愛いなんて無責任なこと……」 「でも、だからこそわかるんです」  はっきりとした意思を持つその言葉に、私は思わず口を閉ざしてしまった。 「雉真(きじま)さんは、優しくて、賢くて、頼り甲斐があって、どこまでも話を聞いてくれて、凄く気が利いて……でも、完璧じゃない。そんな『可愛い人』なんだって」 「……」  なにを勝手なことを。  相変わらずこいつは、世辞と冗談が……極端に下手、だ。 「目が見えないからこそ、見えるものもあるんです。それこそ、こんな僕とずっと仲良くしてくれる人が、悪い人なわけないです」  それは、勝手に繊李(せんり)の方から絡んでくるから、仕方なく返しているだけで……。私はそんなできた人間じゃない。 「あ〜、でも……。眼鏡とか取ってとびきりお洒落したら、すっごくモテるんだろうなぁ〜。僕も見てみたいなぁ〜」 「……」 「どこかにすごい目のお医者さんいないかなぁ〜」 「……」 「あ、ちなみに今がお洒落じゃないって言いたいわけじゃないですよ。知的な雉真(きじま)さんには眼鏡も似合ってますよ。多分」  にこやかな表情をする繊李(せんり)の余計な一言まで聞き終えた私は、受付を出て誰もいない本棚の森へと赴く。 「あれ? どこ行くんですか雉真(きじま)さん?」 「……次に読む小説をとってくるだけだ」 「はぁ〜い」  呑気な返事を背に、私はある分野の本がある場所へ赴く。  それは、小説などではない。 「うぇ……」  医学系の本ってのは、背表紙だけで小難しそうなのが伝わってくることを初めて知った。こんな難解なの、生涯触れることはないと思っていた。  ……眼科医になるのは、どれほど大変なんだろうか。
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