第66話/溢れ出す裏事情

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 そして、多分__数十後、だと思う。  時計を身に付けてない俺は、流れる景色を堪能しながら、到着した宿を目の前にして絶句した。異世界に来て、まさか日本を思い出させるような旅館に巡り会うとは思ってもみなかったからだ。 「さすが国賓としてのおもてなしだね」  そう言う意味で驚いた訳じゃないんだけど……。案内された宿を見上げたムグルは、日本を知らないのだから無理もない。  ただ案内されるがまま、一室に通された俺達は、茶菓子や露天風呂を勧められ。相手の好意に戸惑いを覚えながらも、無下に断れなかった俺は、備え付けの露天風呂に独りで()かることになった。 「慣れなきゃいけないんだろうけどなぁ」  ムグルと鳳炎は、見張りを兼ねて部屋で待つ事にしてくれたけど……。もし一緒に入ろうと言われたら、思わず顔がひきつる自信だけはある。女から男の身体に変わったからといって、何か未練がある訳じゃないのに不思議なものだ。ぼんやり空が見えぬ岩肌を見上げると、最終的に悩んでても仕方ないと割りきって脱衣場に移動し__。 「なんや、随分(くつろ)いどるようやな」 「ようやく来たね」 「フレムはどうしたんや?」  険悪なストームとムグルのやり取りが耳に入り、録に髪を乾かさないまま。急ぎ脱いだ服を着ると、ぴしゃりと閉まった引き戸を慌てて開け直した。 「何してんの? ストーム」 「フレムこそ何処行っとったんや?」 「風呂だよ」 「いや、そうやのうてな」 「フレム君、ちゃんと髪乾かしてきなよ」  恐らくWPPOの隠れ家に立ち寄った時に、不在だとか言われて不思議に思ったんだろう。ムグルが話題を反らすために指摘すると、ストームが無詠唱で指を鳴らし、魔法を使って俺の髪を乾かしてくれた。 「これでえぇやろ?」 「有難う、ストーム」 「それより、さっきの質問の答えや。グレイ連れて、立ち寄ったんやで?」 「ごめん。マル秘特訓を受けるのために、ちょっと移動してたんだよ。さすがに今のままじゃ危ないと思って」  するとストームは、不貞腐れた様子で相槌を打つと、疑いの眼差しを俺に向けながらも「まぁええわ」と応えてから話題を変える。 「ところでグレイはどうしたんや?」 「WPPOに預けたままだよ。狙われた目的が分からないし、御遣い様の狙いが分からない以上、護衛を頼める人じゃないと俺も不安だったからさ」 「えぇ判断や。ワイも久しぶりに御遣いに()うてたまげたで」  そうは言っても、ストームにとってムグルは癪に触る人種のようだけど……。鳳炎がローテーブルに舞い降りて、タシタシと足を鳴らし、着席するよう促された。 「お茶でも淹れようか?」 「フレムが淹れてくれるんか?」 「勿論だよ」  いつも誰かに淹れてもらってる側なので、久方ぶりの接待に緊張するけど__。スッと空いた湯飲みを寄せてきたムグルに気が付いて、三人分の茶を淹れた。
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