べっこう飴

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 私と麻衣は幼稚園からの幼なじみで親友だった。 いっしょに泥団子も作ったり、おままごとだってした。  小学校のころには交換日記をしながら気になる男の子のことを話していた。 当時私は見ているアニメが一緒だった高橋くんが気になっていた。 一方、麻衣はおとなしいけど勉強のできた山口くんが気になっていたらしい。  中学校に上がるころには私も少しだけ異性を意識し始めた。 高橋くんと話すことがちょっぴり気恥ずかしくなったのだ。 高橋くんとは少しづつ疎遠になってしまった。 私は麻衣を含む女子のグループと一緒になっていった。 だけど根本的に私のタイプは変わらなかった。音楽の趣味が合うとか、話しやすい子がタイプだった。 麻衣はその頃からバスケ部のエースの甲斐くんのことがずっとお気に入りだったっぽい。 いつも帰り道に甲斐くんのことを恥ずかしそうに、嬉しそうに話すから麻衣はよっぽど甲斐くんのことが好きなんだな。 と私は思っていた。  高校に上がる頃には私も麻衣も少し大人になっていた。 私はこのときに初恋をする。 初恋の相手は垂れ目が特徴的で、少年の様な顔立ちをした河野くんだった。 私は彼の小動物のような仕草や、周りの男子にその顔立ちをいじられながらも 「僕はかわいくなんかない」 と強がるその姿の愛らしさに心を奪われていた。 しかし私の初恋はそんな河野君を遠目で眺めているだけに終わってしまった。  麻衣は違った。中学時代の憧れの甲斐くんは諦め、山村君と付き合った。 山村君はなんといっても麻衣のことを想っている男だった。 デートに行くときも、必ずデートコースは事前に調べておく。 麻衣が好きそうな映画を上映情報からチェックする。 麻衣の好きな音楽は自分も必ず聴いておく。 誕生日には麻衣との思い出のアルバムを作って渡すなどとにかく麻衣のために尽くしていた。 麻衣の惚気話に対して 「愛されているね」 というと決まって 「そんなことないよ」 と幸せそうに返す麻衣のさらさらと透き通る目を見るのが好きだった。  幼少期から青年期における現在まで私たちはどんなことだって話してきたし共有してきた。私の親友の麻衣。私は彼女のことを全部知っているとそのときは思っていたものだ。  そんな親友の普段私に見せない顔を見てしまったのは高校生の体育祭の時になる。私の信頼していた麻衣の目はそれまですっと透明に澄んでいた。 ただ、4×100mリレーのアンカーを走り終えた山村君に声をかける麻衣の目は私の知っている麻衣の目ではなかった。 きらきらと光る瞳、いまにも落ちそうなほどとろけ切って下がった目じりと、その奥にどろっとした甘い香りを漂わせながらまっすぐに対面の男性をまじまじと見つめる女性は私の知っている麻衣とは思えなかった。  そんな麻衣の様子を見て私は子供のころにべっこう飴を作ったことを思い出した。透き通る砂糖水を火にかけるとみるみるうちに黄金色に変化していき、さらさらの液体はすぐにどろどろになっていったのを眺めていた時の記憶だ。 今、まさに麻衣の目はべっこう飴のようにとろけそうになっている。女性の目にはきっと糖分が含まれているに違いない。普段はさらさらとした純度で保たれているその目は恋という熱によって簡単にとろっと粘度が変化してしまうのだろう。 私の知らないところで、麻衣は男の子に体を預けられるほどの柔らかく愛される女性にいつのまにか「変身」していたのだ。  ねぎらいの言葉をかけ終えた麻衣が私のクラスの応援ブースに戻ってくる。 「麻衣って女の子だったんだね……」  私は思わずそう声をかけてしまった。 「え? なにいっているの。当たり前でしょ」 そうやって笑う麻衣の目はいつもと同じように澄んだ瞳に戻っていた。  麻衣から出る涙はきっと甘い。 私もいつか麻衣のような素敵な目をして本当の恋をするのだろうか。        
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