私は─────

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「沙織と毎日、映画とか小説の話をずっとしていられたあの頃が、1番楽しかった。沙織の書いた小説の最初の読者は私だったし、演劇部の公演のあとは誰より沙織の感想が聞きたかった。どんなに進み続けても一人じゃなかったし、女優になりたいって言い続けることが全く怖くなかった。全部が新しくて全部がキラキラしてた。」 一言一言、噛み締めるように言葉が重ねられていく。 明日香の震える声は次第にかすれていき、握り閉めた手には爪がくい込み跡がついている。 「ねぇ、沙織、私を置いて大人にならないでよ」 濡れた黒い瞳が沙織を捉える。 そうか、開いてしまった距離を悲しんでいたのは同じじゃないか。 あの頃に戻りたい。 でも、戻ることは出来ない。 明日香は進み続け、沙織は立ち止まった。 「何言ってんのさ。明日香の方がずっと先にいるよ、置いていかれたのは私でしょ。」 明日香はゆっくりと首を振る。 「諦めることも、進むことだよ。」 私は『諦めた』のか。 だとしたら、どうしてこんなに苦しくて息が詰まるのだろうか。 どうして明日香に会って劣等感でいっぱいになるのだろうか。 どうして明日香に会いに来たのだろうか。 「私も、あの頃が1番楽しかったし戻りたいよ。あの頃、小説を書くのが当たり前で、何万字とかあるやつ平気で明日香に読ませて、よく考えるとやばいけど、何より明日香の感想が聞きたかった。明日香が出てる舞台を見たら、いてもたってもいられなくて、話したくて書きたくて仕方なくなった。私も、明日香と同じだよ。」 明日香が懐かしむように濡れた目を細め「ふふっ」と笑った。 「今考えるとやばいね。平気で、『さぁ今日中に読め』って。」 「うん、やばい」 ゆっくりと2人の間にあった見えないものが溶けていく。 たぶんどんなにあの頃が大切でも、戻ることは出来ない。 ひとつひとつ歳を重ねる度に新しいものが減って、キラキラしたもので溢れる毎日からは遠ざかっていく。 だから、私たちは進み続けなきゃいけない。 あの頃と同じように過ごしても、あの頃には戻れない。 「ねぇ沙織、」 静かで優しい、でも真っ直ぐ芯の通った昔から変わらない明日香の声だ。 「また沙織の小説が読みたいな」 ただ一言だった。 すっと灯った光が、心の奥の方に染み込んで新しいエネルギーになる。動き出さずにはいられないこのまま留まっていては溢れてしまう。 「そんなこと言うと平気で5万字くらい読んでもらうよ」 「よく言うよ。昔は、普通に読ませてたでしょ。」 笑い声が重なって、あの頃の時間がすぐ近くに感じられる。 「ねぇ、明日香。私まだ、諦めたくないって思うよ。」 「うん」 静かに息を吸い、ゆっくりと吐き出す。 「私、書くから」
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