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手のなか光るビジュ的未来・弐
翌朝の九時ごろシモンが目を覚ますと、クラフトは居なかった。
サイドテーブルの上にペーパーウェイトが置いてある。
手のひらサイズにして硝子素材のすきとおった青の中に、クラフトの描いた回し車を回しているハムスターのイラストが居る。
仕事部屋に居る、てことだ。
クラフトが。
それ以外なら硝子の色やイラストが変わる。
シモンは目覚めたての体で、ゆっくり起き抜けの水を飲みに行く。
冷蔵庫のホワイトボードに、『今朝はおむすび』と、文字とイラストが描いてあった。
メシ喰って頭をシャンとさせ身支度すると、シモンも仕事部屋に向かった。
つーても、マンションの隣の部屋だ。
同居しているクラフトとシモンは仕事用と居住用、同じマンションを二部屋借りていた。
「うィー、ねぎ味噌うまかったよ、ごち」
「それはよかった」
パーテーションからのぞいたクラフトの笑顔。
午前中の光の中で、後光が射しているようだ。
「拝んでも何もでないぞ。それとも朝メシがそんなにうまかったか」
「うん。なによりの弥勒菩薩なんだよネ」
「俺らの歴史も五六憶七千万年か」
「キリンくらい首長いよね。お互いね」
ささっと液体インスタント珈琲を牛乳で希釈し、そのカップを持ってシモンは仕事机の椅子に着き、PCに向かう。
さ、やろう。
キィボードの横にスマホを置いて、PC電源オン。
珈琲は『BOSS』がいちばん好きなふたりだった。
ブラックでもカフェオレでもあと紅茶でも、あの風味が好ましい。
午前中のおだやかな空気には、新居昭乃の唄声が溶け込んでいた。
永遠に濁らない透明な唄声。
未来からやってきて世界を空色に塗って、恒久的な平和をくださるような、そんな、優しい心休まる音楽。
ふたりの仕事もてきぱきと進む。
一時間にいちどは軽めのヨガして息をして、十三時ころクラフトがシモンに訊いた。
「腹、へってないか?」
「んあ」
大口のあくびを、クラフトはやわらかくながめた。
「軽く、そうだな、ロゼの土産、うまかっちゃん喰うか?」
「うん。ラーメンだっけ?」
「ああ」
「よろしく。て、ああそうプリンもー! 冷蔵庫にあったぞ作ったなこの野郎!」
「ん。十五分くらいしたら、来い」
「うィ」
あいしてる。
と、投げキッスのやりとりののち、クラフトが居住部屋に向かう。
ドアがぱたり、と、静かに閉じた。
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