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空の果てから雲のむこうへ・壱
榊シモンと柘植クラフトの住まうマンションは、街並みひらけた公園がすぐそこだ。
静かで、空が広くて、散歩にちょうど良くて、緑豊かで虫が居ンのは仕方ねェにしても。
快適。
昼間はそりゃ、公園に遊びに来る保育園児の群れがにぎやかなことがあたりまえだけど、それは癒しで良い。
色は様々どんぐりの帽子かぶったちっちゃいのが、ポンポン、はぜる。
うん元気。
仕事の手を止めたシモンとクラフトは、公園を見おろす窓辺でフィーカと洒落こんでいた。
クラフトお手製、生姜と林檎のショートブレッドにはまっしろいアイシングがかかっていて、頬ばるとシャリシャリあまくとろけてしあわせになれる。
表情ごととろけた良い顔してるシモンを、クラフトは愛しくながめていた。
「あ、コケた」
シモンが愉快な声。
「そうだな。泣いてる泣いてる、良い男になれよ」
「ねらう気?」
「食べごろきてもシモンのほうが可愛いさ」
大きな手でなでくったシモンの髪からはほんのり柑橘系の良い匂いがした。
午前中いっぱい仕事して、クラフトのメシ喰ってふたりは出かけた。
徒歩圏内のショッピングモールへ行った。
なんでもある。
それぞれ趣味のモノ買って、合流したら食材買って、な予定。
本とか雑誌とか、整髪料に髪飾りに、あと百均で細々。
合流地点のフードコートにはシモンのほうが先に着いた。
エコバッグの中には文庫本やらヘアワックスやらが入ってる。
スメルハラスメントどうこう問題のある世の中だってのに、香りのやわらかいヘアワックスみっけんのは苦労する。
なんでそんなキツい匂いばらまかせなきゃ気がすまんのか、そう云う製造業者。
特に洗剤柔軟剤どうにかしてくれ。
鈍感な俺ですら頭痛くなることあんのよアレ。
妙なる香り、て、奥ゆかしいからこそ良い匂いだろ?
ベンチに座るシモンの周囲、行き交う人波にそう思った。
いろんな匂いがして。
本ぺらぺらやってのびして、る、所にクラフトもやってきた。
背が高く群衆から頭ひとつ出ているのでよくわかる。
ひざ丈の上着をひるがえし歩く姿が、どこの世界のモデルか、と云った風情になるこの男。
まっすぐな長い脚、なびく髪、物憂げな表情、綺麗な仕草、ヘテロの世界に来てー! と、女共が心の団扇振り乱すのもわかる気がする。
綺麗な色のオーラは、ヒトを落ち着かせる良い匂いがする。
「お待たせな。どうした? 腹でもへったか?」
あかるい色の髪に触れる手は指が長い。
「それ」
シモンが指さしたのはクラフトの持っていた缶珈琲だ。
もちろん、BOSSだ。
「そうか」
クラフトはシモンの目の前でプルタブを起こす。
かこしゅ。
ひと口飲んでから寄越した。
「いらん男前が」
ツッコむシモンの表情は満足気だ。
綺麗なモノ、て、なんのためにあるんだろう? と、クラフトを見ているとシモンは考える。
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