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君に出会ったのは8年前の高校3年生の4月だった。例年にもなく暖かくて、桜がすでに咲き終えていた春のことだ。桜色ではなく新緑の色に包まれ新学年となった新しい教室には受験生という名札を付けられた新しいクラスメートたちの希望に満ちた、それでいて不安を隠せない顔が溢れている。伝統ある古びた校舎もこの時期ばかりはきらきらと輝きを放っている。そして学年が上がるごとに1階2階と階数が上がって行き、今年3階建ての校舎の最高階となった教室からの眺望は校庭を歩く人々を見下ろし、だだっ広い運動場を見渡せ、そこから見える堂々と構え立つ正門の向こうには古都を思わせるような鄙びた街の景色が開けていて、あたかも高き希望に手が届くかのように感じさせる。いつもの景色をそのように感じさせているのは、何よりも今日私たちの気持ちが新たになった日であるからだろう。そんな大事な日に遅刻をしてやってきたのが君だった。
新しく担任となった山本先生が今日の予定を伝達する中、君は教室の後ろの扉からこっそりと入ってきたのだが、出席番号順に位置付けられた彼の席順は不運にも一番前の席で、しかも教壇に立つ山本先生の斜め左だった。教室の後方でくすくすと笑い声が起こり、これも後押しとなってしまい、気づかれずに席に着こうなどということはほぼ不可能だ。もはや出欠確認も終わっていたのでその作戦は疾うに無理だったことは言うまでもないことなのだが・・・。
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