第一章 歩

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第一章 歩  今日は私の人生の中で最悪の日だ。これまで私を取り巻いていた全てのものが音を立てて崩れ落ちて無くなった日と言っても過言ではない。周りの音も景色も今の私には何も入ってこない。音は耳を通り過ぎて行き、景色は走馬灯のように流れ消えていく。五感全てを奪われてしまったように感じる。そして悲しとか辛いとか苦しいという感情も今失われつつあるように思う。  星のない真っ暗な夜空に私の中にあったもの全部が放出されていき、抜け殻のように空っぽになった私はそこから動くことさえできなくなってしまっているようだ。あるいは自分の意志とは関係なく何かに飲み込まれ流されているようでもある。宇宙にあるたくさんの星が光を放っているはずなのに、私はそれを一つも見つけることができずに果てしなく流されているのだ。『助けて』というニュアンスの心の叫びを私はあの瞬間から何度も繰り返したが、彼に届くことはなかった。そして叫べば叫ぶ程、考えようとすればする程孤独が増して一人ぼっちであることが身に染みていく。結局、心の叫びは届くことなく今ここで完全に終わった。私にとってとても大切だった8年間が消えた。今、私の目の前にある真っ暗な海は波の音も立てずにそっと、いや非情なるものとして私を静観している。  ずっと終わりがくることなどないと思っていた8年間だった。私にとっては未来しか見えていない8年間でもあった。
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