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一方、笑い声に気付いた山本先生は遅れてやって来た格好の獲物を手に入れたとばかりに、受験生となる私たちに熱い喝を入れ始めた。
「いいか、お前たち、よく聞け。こういう風に遅刻をするという気の緩みが失敗を招くんだ。準備のあるものにしか勝利はやってこないんだぞ。しかも今日は高校三年生、つまり受験生となった最初の日だ。そんな大事な日に遅刻をするなんて以ての外だ。受験生としてはイエローカード、いやすでにレッドカードだ。」
山本先生の声は教室内に響き渡り、私たちの緊張感を高め、熱い喝入れは続いた。この雰囲気にどうして良いか分からずに、教室の後ろの空きスペースに留まっていた君に向かって、
「松本、何をしている。早く席に着け。遅刻したからには今日の日直はお前がやれ。」
と山本先生はほくそ笑み、鼻から覗いた鼻毛を震わせた。そう言われた伝統の象徴ともされる黒学生服を着た松本くんは、教壇近くの自分の席に向かって机の間をとぼとぼと怠そうに歩きながら、
「はぁ、何でだよ。ちょっと待ってよ、先生。俺、部活があるんだって。」
と懇願するような声と面持ちでわずかな反論を繰り返した。彼の紅潮し汗ばんだ顔から、焦って走って登校して来たことが窺えた。学ランの下から2番目のボタンが掛け違っていたことからも遅刻をしないようにと一生懸命だった事は間違いなかった。
しかし懇願する松本くんの声は山本先生には全く届いていないようで、山本先生は何食わぬ顔をして伝達事項を続けた。
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