第一章①名前を聞いたら思い出しました。

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第一章①名前を聞いたら思い出しました。

 目の前に広がるのは雲ひとつない青い空。  まるでピクニックに出かけて、芝生の上に座って空を見上げた時みたいな光景だが、今はそんなのん気な状況ではない。  三つの顔が視界に入ってきて、俺のことを覗き込んでいる。  違う違う。  これは幻だ。  そう思いたいのに、三つの顔はまるで面白そうなものを見つけたみたいにニヤリと笑った。  嫌な予感しかしない。  こういう顔は、何度も見たことがある。 「きみ、名前は?」  やめて。  聞かないでくれ。  なぜこんなことになってしまったのか。  俺はバッドエンドまっしぐらの未来しか想像できなくて目をつぶった。  目を開けたら全て夢だった。  そう儚く願うしかなかった。  ※※※※  俺は生まれた時から、自分の前世を覚えていた。  前世の記憶を持ったまま、この世界に誕生したのだ。まだ動けない赤ん坊の状態で、しっかりと世界の違いを認識することができた。  なぜならそこは前世の自分が生きていた世界とは明らかに違ったから……。  でもその頃はとにかく、この状況が何なのか、泣くしかできない赤ん坊の状態なので、必死に慣れるしかなかった。  この世界がなんであるか気がつくのはもう少し先なのだが、とりあえず優しい両親の元、健康に生まれて、すくすくと大きくなった。  記憶があると言っても、事細かに覚えているわけではない。  かつて自分が地球という星の日本という国で生きていた。  そこにはこの世界の人みたいに、濃い顔の人間は少なくて、あっさりした顔の人が多かった。そしてこの世界とは全く違い、科学が進んでいた。  まずはこんなことがぼんやりと思い浮かんできた。  成長するにつれて、どんどん思い出すことの幅が広くなった。  特にはっきりと思い出したのは、家族のことだ。  俺には三人の姉がいた。  全員人形のように整っていて、どこへ行っても美人三姉妹と呼ばれた。  それに対して、最後に生まれた男の俺は、整っていた両親の遺伝子をお断りしたかのような平凡な顔。背も低く、いかにも弱っちい弟という感じで、容姿で目立つことはなかった。  そう、俺は違った意味で目立つことがあった。  前世では生まれた時から姉達に散々いじられてきた。  幼い頃は着せ替え人形。  遊びに使われるのはもちろん。何かあれば、俺のせいにして逃げられる。  両親も4人目ともなると適当で、何かと姉達に任せるので、俺はずっといい玩具だった。  成長すれば同じ学校に通うことになるのだが、姉達はもうすでに有名人。  しかも俺を見つければ、全員でいじり倒す。  おかげでその雰囲気はクラスメイトにも伝染して、俺はクラスのマスコットと呼ばれ、何かあればお笑い担当みたいに担ぎ出された。  基本が断りきれない小心者なので、いつもピエロのような役割をやらされて、心の中では疲れ切っていた。  おかげでろくな恋愛もできず、おバカな盛り上げ役みたいな立ち位置で、不本意なところで目立っていた。  確かに勉強はできないし、おバカなのは否定できないが、もう少し青春みたいなものを楽しめた人生だったらよかった。  専門学校に進んだ俺は、姉が大学在学中に作った会社で強制的にアルバイトをさせられる。とにかく毎日学業と仕事で忙しく、へろへろになっていた時、駅の階段でツルっと足を滑らせて急落下。  そこから先の人生が全く見えないので、きっと俺はそこで死んでしまったのだろう。  そこまで思い出した俺は頭を抱えた。前世はなんとひどい人生だったのだろうと。  生まれた時からいじられ続けて、女の子の前でかっこ良くキメた経験などなし。  姉達はもちろんクラスの奴らや会社の人達にもいじられて、俺の人生とはなんだったのか。  いじられ人生。  それしか頭に浮かんでこない…、というかそれがぴったり過ぎて他の言葉が見つからない。  よく分からない西洋っぽい世界に生まれ変わったが、これは神様からのプレゼントだろう。  第二の人生ではいじられキャラは封印して生きていく!  これを誓ったのが1歳の誕生日。  小さな頭に詰め込まれた大人一人分の意識の量は膨大で、処理できずにオーバーヒート。  それから高熱を出してしばらく寝込むことになった悲しい思い出。  出だしこそパンクしてしまったが、それからは順調過ぎるくらい順調に第二の人生を生きていた。  俺の華麗なる第二の人生。  武が尊ばれるという西洋風の国、フェブランメイル皇国に男子として生まれた。  名前は、テラ・エイプリルという、弱そうな名前だった。  それに関しては贅沢は言えない。  名前なんてどうでもいいのだ。前世で学んだこと。それは環境こそ第一! スタートが恵まれていれば、後は楽勝すぎる人生ゲームなのだ。  なぜならエイプリル家は平民であったが親が町の上役で小金持ち。生まれた時から使用人に囲まれているお坊ちゃんだった。  そして憧れの長男、一人っ子。  両親揃っていてそこそこの金持ちの子、なに不自由ない暮らし。  俺はどれだけ前世で徳を積んだのかと、笑いが止まらなかった。  そして順調な人生はまた一つレベルアップする。  父親が町の発展に貢献したとして、男爵爵位を授かることになった。  平民の金持ちの息子から、貴族の最下位だが、男爵家のご令息になった。  しかもそれが最高のタイミングだった。  この国の貴族男子というのは、13歳から16歳まで、貴族訓練校という寄宿学校に入らなければいけない。  この国は他国侵略を繰り返す超好戦的国家なので、武力があることが偉いとされる、バリバリの体育会系国家。  子供でも容赦なく、ペンより剣を取れという環境。剣術や馬術などを中心とした訓練生活を送る。  そして、18歳から20歳までが皇立貴族学院という、こちらはいわゆる高校みたいな勉強が中心の学校に通うことになる。  平民に関しては17歳から兵役がある。自由兵役で強制ではないが、お国柄ほとんどの男子は軍務に服することになる。  そこで問題があった。  この俺、テラ・エイプリルは、背も小さくひょろひょろでどう見ても戦闘民族とはかけ離れていた。  一応、筋肉をつける訓練に参加してみたが、数日間寝込むという、虚弱体質。  武が尊ばれるこの国で、俺は早速終わったと思っていた。  しかし、父親が男爵位を授与されたのが俺が16歳の時、貴族訓練校は卒業年途中だったので入らなくてもよかった。それに平民の兵役にも参加せずに済むというミラクル。  まさに法の穴をかいくぐったようなタイミングでの免除コースに俺は歓喜した。  親の脛をかじりながら何もせずに生きていきたい誘惑に駆られたが、さすがにこのままだと財産を食い潰して野垂れ死ぬ。  戦闘スキルのかけらも恵まれなかった俺だが、勉強の方に全フリしてくれたらしい。  頭が良いかは別として、とにかく記憶力が良くて、一度読んだ本はすぐに覚えてしまった。  いくら武だ武だと言っても、さすがに脳みそ筋肉だけでは国が成り立たない。  皇国にも頭脳が必要なのだ。  そこで俺は、この記憶力を活かして国の官職に就こうと考えていた。  聞けばかなりの高給らしく、筋肉必要なく稼げるなんてまさに俺の天職だ。  こうして着々と第二の人生は設計書通りに進んでいた。  あの日、までは……。 「テラ、ちょっと来なさい」  夕食が終わった後、珍しく父親に呼び出された。  俺の父親を一言で表すなら、金の亡者だ。  俺の背の低さは確実にこの男からの遺伝だ。狡賢い爬虫類のような目鼻立ちをしていて、そこだけは遺伝しなくて良かったと思う。  ゲームとかで、こんな小悪党いたよなという顔をしている。  いつも仕事に忙しく、家にいることはあまりない人だ。  仕事はいわゆる金貸しだ。  平民から貴族まで、手広く金を貸して歩いている。忙しいというのは取り立てのことで、部下はこれまた人相の悪い連中を取り揃えていて、彼らと共に地の果てまで延滞者を追いかけるのだ。  骨の髄までしゃぶり尽くす男。  俺は三歳の時に、父親の背中を見てこの仕事は継げないと悟った。  よくもまあ爵位が貰えたものだと思うが、この男のことだからきっと金でどうにかしたのだろうと思っている。  俺は息子としてその恩恵を受けている身なので、文句はいっさい言えない。  お父様様でひたすら平伏して暮らしている。 「来週公爵家で行われる茶会に出席しなさい」 「へっ! 公爵家? すげー! またなんでそんな大そうなところに俺みたいなのが?」  突然の命令に気が抜けたアホみたいな返事をしたら、父親は頭痛がしたのか頭に手を当てた。 「テラ……、お前、いい加減にその頭の悪そうな喋り方を何とかしろ!」  前世イジられキャラでおバカだったので、人格が変わっていないせいか、喋り方がどうも固定されてしまった。  気を抜くといつもこの喋り方になってしまう。親バカな母は可愛いと言って気にしないので、この家でうるさく言うのはたまにしか見ない父親だけだ。そのため今まで生きてきて、すっかり染み付いてしまった。 「いやぁ、なんかラクでさぁ。ごめんね」 「ごめんね、じゃない!! 来年は皇立貴族学院の入学を控えているんだ! わが、エイプリル家にとって一大チャンスなんだぞ! もう少ししっかりせんか!」  ヘラヘラしていた俺もさすがに目を血走らせて怒っている父親を前にして、仕方なく背筋を伸ばして申し訳なさそうな顔をした。 「来週の茶会は、公爵家の三兄弟の次男の方のために開かれるものだ。お前と同じ歳で貴族学院入学を前に、同学年の交流会を目的に開かれる」 「へぇー…それはそれは…」  さすが貴族の坊ちゃん、どうせ金持ち自慢大会みたいなもんだろうと頭の中でバカにしていたら、父親にギロリと睨まれてしまった。 「この機会にラギアゾフ家に媚を売っておくいいチャンスだ。どうにかしてねじ込んだのだから、せめて顔を覚えてもらえ!」  媚なんてだいたい売るだけ損だよと思いながらあくびが出そうになった。しかし、父親の言葉の中に聞き捨てならないものを聞いてしまい、俺の思考は固まった。 「ちょっ…、ちょっと待て! おおお親父!」 「なんだ? 大金を握らせたんだから必ず行ってもらうからな」 「ラギ…そのラギなんとかをもう一回!」  ずいぶんトゲトゲした恐竜みたいな名前が出てきたが、その名を聞いた瞬間全身から汗が吹き出して、頭の中に大量のデータみたいなものが流れ込んできた。 「ラギアゾフ公爵家だ。そこの三兄弟の話だ。本ばかり見ているくせにこの名前を知らんのか?」  目が悪くなるくらい本ばかりみていたが、長生きこそ人生とか、人に好かれる方法や、金の稼ぎ方みたいな実用書ばかり見ていた。というか、この家の図書室にはそんな本ばかりだからだ。  ラギアゾフ三兄弟。  この名前で三兄弟……間違いない。  ゾワっと鳥肌が立って足が震え出したら、目の前が真っ暗になった。 「おっ…おい! どうし…テラ…! テラ!」  思い出した。  その名前を聞いたら全て思い出してしまった。  この世界がなんであるか。  今まで点々と疑問に思っていたことが、線になって繋がっていくみたいだった。  俺は頭がパンクして父親の前で気絶した。  そう俺が思い出したのは、この世界は前世で知っていたゲームの世界だということ。  しかもBLゲームという特殊な世界。  のんきに坊っちゃま生活を満喫していた俺が、せっせと描いていたこの先の未来図。  それがガタガタと線がズレて、崩壊していくかのようだった。  □□□
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