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ここはまるで檻の中だ。
悪い事なんかしていないと言い聞かせても罪悪感が消えない。
都会は空気が悪いって言うけどここよりはマシな気がするから、彼は早く都会へ行くべきだと思う。
苦しくて、窒息してしまう前に。
彼の視線がこちらに戻って、消毒液で濡れたティッシュを掴んだ長い指が数回傷口を拭いた。
唇の左端に鋭い痛みが走った。
「ってぇ。オマエさ、いつもカバンの中に消毒液と絆創膏入れてんなよ。ダサいから」
「誰かさんが怪我しなくなったら考えるわ」
「こんなのほっといたら治る」
「だから俺が持ってんじゃん」
「だからダサいんだって」
「ってかさ、絵なら俺ん家で描けばいいって言ってんだろ」
「オマエの家は狭い」
「喧嘩売ってる?」
「おじさんとおばさんに迷惑だろ」
大きな溜め息には知らないふりでまた視線を前へと戻した。
どこまでも続く空と海の間には、広く陸が蔓延って邪魔をしている。
似たような青が交わる事はないのに、それでも寄り添う事さえ許さないと灰色が2つの間に立ちはだかる。
もうとっくに見飽きてしまった景色は何の心も動かさないけれど、気づくとここに来ているのは何かを確認する為かもしれない。
努力しても限界がある事を知ったのは、中学時代が半分を過ぎた頃だった。
上中下と成績をグループ分けすればここでは今でも『上』に入るけれど、オレはどんなに頑張っても彼には敵わない。
眼鏡の厚みがどんどん増しても、絵画コンクールで小さな賞を取っても、それはこの島じゃ、いやあの人には何の意味もなかった。
「大学決めたのか」
「んー」
「オマエ高校受験の時も島外に出ろって散々言われてたろ」
「別に何処でも勉強は出来るんだよ」
「ここに大学はないぞ」
「島外にお前はいない」
「オマエの邪魔になるくらいならオレは死ぬ」
「そうやって脅すなっての」
「本気だ」
「・・・お前だって大学行くだろ」
「オレはあれだ。あの人がコネ入学でもさせるんだろ」
「真顔でキツイ冗談やめてくんない?」
一ミリたりとも着崩す事なく学ランを纏ったこの姿を汚して欲しい。
自分では触れる事さえ躊躇う襟元をぐちゃぐちゃに開いてオレの中を覗いた彼の目には、違う何かが見えるだろうか。
誰も知らないオレすら知らないオレを探し出してこれがお前だと差し出してくれるのを待っている。
行為の最中の彼の姿が頭を過ぎった。
熱く燃やされそうな瞳に自分だけが映っているあの瞬間の連続が毎日なら、あっという間に燃え尽きて人生は終わる気がする。
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