Escape

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「そういえば、今日授業でタイムカプセル埋めた時さ」 「オマエはサボってたけどな」 「手紙書いたんだろ、『10年後の自分へ』って。なんて書いたの」 「・・・何も書いてない」 「捻くれてんなー」 「そもそも参加してないヤツにだけは言われたくない」 「ほら、絆創膏貼るから、こっち向けって」 彼の目を見つめる。 その瞳に火がつくように。 輪郭がとろけるほど見つめる。 ごく自然に、彼は唇を重ねた。 彼の頬骨が眼鏡のフレームに当たる。 カサついた感触と温かい温度が確かめる間もなく離れる。 マッチを擦るよりは長く、ロウソクを吹き消すよりも長いけれど寂しさが募る短さで。 真っ直ぐな彼の視線。 貼られた絆創膏。 消毒液の匂いが鼻をついて離れない。 ゴールは決まっているとして、オレ達は今どこにいるんだろう。 辿り着ける保証もないほど未来は大きくて長いから途方に暮れる。 敷かれたレールの上を歩けば迷う事はないけれど、棘だらけの道は立っているだけで血だらけになる。 未来を考える事は数式を解くより困難だと気づいた。 どんな形を描いてもそこに彼はいないから。 なぁ。 オマエの賢い頭でならオレ達の未来が見えるのか。 10年後なんて、想像も出来なかった。 「心配すんな。ちゃんと考えてる。色々と準備もあるし」 「金か?金ならオレが出してやる」 「はは、ちげーよ」 「何だよ」 「島を出るなら持っていきたいものがあるからな」 「・・・嵩張(かさば)るものは置いてけ」 「駄目だ。大事なものだから、ないと困るんだ」 だけどそれはたぶん、大きくて重くて、いつかオマエの(かせ)になる。 彼の手が柔らかくオレの髪を撫でた。 日に当たっても色味を帯びない漆黒の髪は彼に触れられた時だけ七色に輝く。 絵が描きたい。 彼の薄茶の目と髪の色を絵の具で混ぜ合わせて白いキャンバスに落とすあの感覚を味わった日から、描かずにいられない衝動が押し寄せてくる。 熱が宿った彼の瞳の奥をもう一度覗いた。 そしてそれより熱い胸の痛みを握り潰して彼に笑って見せた。 ペタリと貼られた絆創膏のせいで口角がぎこちなくしか上げられない。 何も言えなかった。 何も言えなかったのはきっとどこにも行けないからだけれど。 悲しくはないから心配いらないよ。 約束や誓いが、御伽噺(おとぎばなし)みたいに遠い世界の事に思えても。 右手で筆を持って、左手で彼の手を握る。 望みはいつだって一つだけだと、心の奥で何度も唱えてみる。 例えばいつかさよならの日が来たら力一杯好きだと叫ぶからその時までは。 不意に今日書いた手紙を思い出した。 走り書きより乱れた文字と、希望には程遠い小さな嘆き。 『10年後のキミへ。今どこにいますか』
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