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☆
夏休み明けの朝の教室は、がやがやして騒がしい。
まだ学校についていないようで、沙良の席は空っぽだった。
「朝から暗いんだよ、おめーは」
うつむきがちに頬杖をついていたところ、登校してきた多田がいきなり椅子を蹴ってきた。
「何、落ち込んでんの?」
「人を悲しませた」
「あーあ、最悪だな」
あれから結局、沙良と連絡が途絶えたまま夏休みが終わってしまった。
「あれ、岩ちゃん髪切ってる」
クラスの女子の声に引っ張られて身をのり出すと、入り口には髪をショートカットにした沙良が立っていた。
体を引くべきか、逆に立ち上がるべきかでわからなくなった挙句、椅子ごと床にひっくり返る。
ガッシャン。派手な音に教室中の視線が集まった。
「ってて」
「あーあ」
多田が土屋を見下ろしながら、フンと鼻で笑う。
「あの、大丈夫ですか?」
駆け寄ってきた沙良から、心配そうに顔を覗き込まれた。
「大丈夫。岩本さん、『ローマの休日』のアン王女みたいだね」
自由の身を手に入れたヒロインのアン王女が、美容室で長い髪をカットするシーンを思い出す。
「大正解です、土屋くん!」
とっびきりの変身を成功させた沙良の笑顔は、映画のどんなヒロインよりもまぶしかった。
差し出された沙良の手を、土屋はつかむ。沙良は土屋の体を強く引っ張り上げた。
〈終わり〉
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