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十軒以上の古着屋を見て回った結果、沙良は吟味の末に勝ち残った四着の服を購入した。
駅に向かう道の途中、雨粒が土屋の鼻に落ちた。気のせいかと思ったが、次から次へと落ちて降りが強くなってくる。
「夕立だな」
沙良は傘を持っていないらしいので、土屋の折り畳み傘に入れた。いつもだったら気にならない傘の金属部分のサビが、今日はやけに目につく。
「なんかごめん、不格好な傘で」
「いえ、そんなことありません。むしろ本当に映画のシーンみたいで、うれしいです」
沙良は大切そうに、ショップバッグを胸もとでだきしめている。
駅に着いて別れる前に、土屋は何か言っておきたかった。このまま帰ることが惜しかった。
「あのさ、岩本さん。学校でもたまに、そういうのやってみたら?」
目を見開いて、沙良が土屋の顔を見上げる。
「もったいないよ。ああやって静かに、ひたすら真面目にやり過ごすの。――変身願望があるってことは、普段の自分に満足してないってことじゃないの?」
言い終わった瞬間、沙良の顔が青ざめた。
言ってしまった。発言を悔やんでも、もう遅かった。
「……土屋くんの言う通り、ですね」
悲しそうに微笑むと、傘の外に一歩出てしまった。
「すみません。今日はこれで失礼します」
服をぎゅっとかかえたまま、沙良は駆け出していく。
「岩本さん!」
沙良の後ろ姿は、行き交う人の傘に隠れて見えなくなってしまった。
自分は、普段の沙良を否定してしまった。傷つけてしまった。
やりきれなくてアスファルトをつま先で蹴ると、冷たい水しぶきが跳ねた。
『今日は自分勝手なこと言ってごめん』
『土屋くんは間違っていません。謝らないでください』
帰ってから沙良にメッセージを送ったが、返信はかたい調子だ。これ以上のやりとりは無理そうだと、土屋は諦める。
夜中になっても寝る気になれず、土屋は自分のパソコンで『シェルブールの雨傘』を観た。ヒロインのくるくる変わるファッションのうちのひとつが、今日の沙良と重なる。
アクション映画ぐらいしか観ない土屋にとって、恋愛が主軸の『シェルブールの雨傘』は少々退屈だった。映画のラストシーンの意味をぼんやり考えながら、画面に表示された「この映画を観た方にオススメ」の一覧を眺める。『ローマの休日』、『雨に唄えば』。沙良が観ていそうな作品は、チェックリストに追加した。
どうして、こんなことをしているのだろうか。
「……岩本さんに近づきたいんだな、俺は」
沙良が見ている世界を自分も共有したい。そんな思いが、いつのまにか芽生えていた。
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