彗星サリバンナ

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「今どこにいますか? 現在地を返してください、どうぞ」 「天の川銀河、太陽系第4惑星火星を通過中。標的の地球には定刻通りに到達予定、どうぞ」 「現地の表現ではなく、宇宙共通語でどうぞ」 「あー、GN430系、3440521.96、どうぞ」  まったく……味気ないとはこのことだ。郷に入っては郷に従えという言葉がこの地球にはあるそうじゃないか。  その風情を解さないとは、上層部のやつらめ。  そうひとりごちながら、俺は眼下に迫った青い星を見る。何の変哲もないX-α73型惑星だ。たくさんの生命体をその身に抱えている。  青いとは言っても、それは限りなく濁りきった青。かつての眩いばかりの青とは程遠いことに落胆する。  俺はあの頃の地球が好きだった。緑溢れる、海原の地球が好きだった。あの頃の青さに戻してやりたかった。そんな俺に今回の任務は最適と言えよう。  地上を我が物顔で闊歩するを排除し、この惑星を健康体に戻す。  少しばかり惑星そのものを傷付けてしまうが、それは致し方ない。『本人』もそれは承諾済みだ。それだけ、彼らは地表に巣食ってしまった。もはや、荒療治しか方法はない。 「こう……、か?」  俺は少しばかり進行方向を調整し、『カラダ』を傾ける。  本来なら俺と地球の軌道は交差しない。すぐ真横を掠め去って行くはずだった。  彼らもそれを分かっていて楽観視している。世紀の天体観測ショーだのなんだのと浮かれている様子が俺の周波に、脳裏に割り込んでくる。  だが、しかし。  俺が『カラダ』を傾けた途端、それは絶望へと変わった。  突如変化した軌道に慌てふためく音……彼らの叫びが聞こえた。地表の混乱をよそに、俺は突き進む。標的の座標に向かって。  彼らの科学レベルでは迎撃など到底無理だ。  いや、いずれにしろ科学という摂理では不可能なのだ。  なぜなら。  凄まじい衝撃波が俺の身の内を掠めていく。なんとも心地良い感覚だ。  俺の『足』が地表へと着地する。クレーターの中心部に生命体が現れるなど、予想だにしないだろう。いや、彼らにそんな余裕などないか。  まあ、目撃されたとて、彼らの網膜では捉えることなど不可能だが。 「お勤めご苦労様、400年ぶりでしょうか」 「いや、4000年じゃね?」  正確には80692年と5ヶ月ぶりだ。この地球の表現を借りるのならば。 「なんかさ、俺が通りがかるたびに病気になってね?」 「面目ないです」 「お前はさ、ツメが甘すぎるんだよ。よくあそこまで暴挙を許したよな」 「育て方が悪いのでしょうか。まぁ、また作り直せばいいですよね」  あっけらかんとのたまう『地球サマ』……母なる大地が聞いて呆れるぜ。  彼らには阿鼻叫喚の地獄でも、地球サマにとっては瑣末なできごと。ワクチンを打って彼らが生き辛い環境を構築しただけのこと。  そのワクチンが俺ってわけだ。 「じゃあな」  俺は地球より飛び立つ。  身に纏っていた氷と塵は粉々に消滅してしまったから、新しいものを適当に見繕う。さすがに裸で宇宙を進みたくない。  俺の出来立てのカラダは水蒸気と共に天高く空へと舞い上がりーーーー 「あー、こちらサリバンナ彗星。進捗状況を報告する。どうぞ」 「現地の呼称ではなく、宇宙共通ネームでどうぞ」     ……まーた、それかよ!
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