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「おばあちゃん、そんなところで寝てると風邪引くよ」
身体を揺すってみるけれど反応がない。それどころか身動き一つしなかった。嫌な予感に香澄は背筋が冷たくなるのを感じた。
「おばあちゃん! ねえ、おばあちゃんってば!」
どれだけ声をかけても反応することない弥生の姿に香澄は頭の中が真っ白になっていく。そしてようやく絞り出すように声を出した。
「きゅう、きゅうしゃ」
震える指でスマホを操作する。スワイプ一つするのにも上手く指が動かず何度も失敗してしまう。
「ああっ、もう!」
何度目かのタップでようやく電話は繋がった。
『はい、救急ですか。消防ですか』
「あ、あのっ。えっと、あの……だからっ」
けれど慌てふためきすぎて上手く喋ることができない。こうしている間にもどんどん弥生の具合が悪くなっているかもしれないのに。溢れてくるのは言葉ではなく涙ばかり。嗚咽を繰り返す香澄に、オペレーターは声をかけてくれる。
『大丈夫ですから落ち着いてください。具合が悪い方がいらっしゃるんですか?』
「は、はい。おばあちゃんが、動かなくて、それでっ」
『かしこまりました。それでは救急車を回します。すぐに行くので安心してください』
オペレーターの静かで優しい言葉に少しだけ安心する。住所を伝えると、香澄はその場にへたり込んだ。壁に掛けた時計の針の音が、妙に大きく聞こえた気がした。
どれぐらいの時間が経っただろう。遠くから救急車のサイレンが聞こえて来た。窓ガラスに赤いランプが映っているのが見えて、慌てて1階へと駆け下りドアを開けた。
「こっちです!」
香澄の案内の元、救急隊員は手早く弥生を救急車に乗せた。中では弥生の身体に器具がつけられ心肺蘇生が行われる。なんどか電気ショックが繰り返されるうちに真っ直ぐだった心電図モニターが僅かに反応を示した。
「おばあちゃん!」
弥生は小さく身体を震わせると、薄らと目を開けた。その手を香澄はギュッと握りしめる。ほんの少しだけ口が動いた。
「なに? おばあちゃん、何が言いたいの?」
「か、す……み……あ……」
「おばあゃんっ!」
何かを言いかけたけれど、上手く聞き取れないまま再び弥生の目は閉じられた。そして二度と開くことはなかった。
その後のことはよく覚えていない。心配した商店街の人達が病院に駆けつけてくれて、弥生の通夜や葬式の手配をしてくれた。香澄はただ呆然としたままたくさんの人からかけられる「可哀想に」という言葉を聞き続けていた。
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