教訓、一。突然の出世には裏がある。

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教訓、一。突然の出世には裏がある。

   シークはほっとしていた。シークの隊は国王軍内の小さな模擬戦で、一年の対戦内容は、五十戦中三十八勝、二引き分け、十敗戦という成績だった。かなりの好成績だ。ようやく親衛隊候補として名が上がり、いよいよ出世街道に乗ることができる。特に出世したいわけではないが、部下達のためには必要でもあった。親衛隊配属のための訓練を、みんな嬉々として行っている。 (普段の訓練からこれくらい、頑張ればいいのに…。)  内心でそんなことを隊長としては思う。だが、部下達が喜ぶのも仕方ない。  確かに北方のズトッス王国やロロゼ王国の国境付近では、戦闘はたびたび起こる。しかし、そこで戦える人員は限られている。というのも、東西南北に国を分け、その管轄内の軍が戦闘に当たるという体勢だからだ。  ズットス王国、及び、ロロゼ王国は北に入り、北方将軍管轄以外の兵士達は戦闘がない。もちろん、国境の警備などは多少あるが、全員がその任務に当たる訳ではなく、ほとんどは隣接している領主軍の兵士が行う。  国王の軍隊なので、あまり出番がないのだ。つまり、国王が動かすにも名目が必要なのだ。国王軍が動くときは、最終段階ということでもある。だから、国王軍はあまり出番がないのに、常に精鋭でなくてはならないという、矛盾を抱えている。  それで、兵士の戦闘技術を保つため、常に大小なりとも模擬戦を行う。その模擬戦に勝てば勝つほど、強い軍であるという可能性に近くなる。実践をしていないのであるから、本当に強いのかどうかは分からない。  国王軍に入った以上は、できるだけ上に行きたかった。少なくともシークも以前はそうだった。でも、国王軍内での競争は厳しく、まずは生き残るという選択が理に適っていると今は分かっている。無理をして上を目指せば、途中で必ず挫折する。  シークはヴァドサ流剣術流派の五男である。しかし、子供がぞろぞろいれば、道場を継げる訳でもなく、後の子供達はどうにかしてい生きていくしかない。  すぐ上の兄や従兄達と一緒で、国王軍に入り、兄弟達の中では一番、軍人が合っていたらしく一番出世している。ただ、北方の部隊に配属された従兄弟達は、戦争で出世した。中隊長や小隊長をしている。ヴァドサ流の本家の子供達を戦争地帯に送り込めないと上の方々は思ったらしい。  それでも、基本の最少の部隊を預かり、その隊長になっている。それは誇りだ。兄は怪我で除隊したので、弟達と比べて一番上にいる。しかし、シークの方が早くに入隊したので、自慢できない。    そんなある日のことだった。 「え、私が陛下に拝謁するんですか?」  思わずシークは直属の上司に聞き返した。 「そうだ。お前の隊が親衛隊の最終候補に挙がった。喜ぶといい。」  喜ばしいはずなのに、神妙な顔で上司は言った。奇妙に思いながらも退室し、部下達に報告する。 「えぇー、本当っすか!」  みんな驚いてお祭り騒ぎの状態だ。 「…隊長、どうしたんですか?」  副隊長のベイル・ルマカダが聞いた。彼もルマカダ流の剣術流派の家柄だ。実はシークの叔父の妻がルマカダ家の長女で、ベイルの父の姉である。だから、身内になるが二人はできるだけ誰にもその事実を言わないようにしていた。 「いや、管理長が妙な表情をしていたから、どうしたのだろうと思ってな。」  この基本の部隊を管理するのが、管理長だ。シークの直属の上司である。毎日、管理長に部隊のことを報告する。 「なんかあるんですかね?」 「いや、分からん。」 「どんな顔をしていたんですか?」 「うーん。『お前、貧乏くじを引いたな。』みたいな表情だ。」  シークが答えると、ベイルの他に話を聞いていた、モナ・スーガが推測を立てた。 「隊長、親衛隊って言っても、空いている席はいくつかしかないですよ。パミーナ姫の所には行きたくないし。」  今上(きんじょう)国王であるボルピス王の娘、パミーナ姫は大変なお転婆娘で、エルアヴオ流というサリカタ王国(いち)、激しいと言われる剣術流派の剣術を習っている。侍女達も剣術ができる、バリバリの武闘派ばかりだと言われている。パミーナ隊とこっそり揶揄(やゆ)されるほどだ。護衛しに行ったら、毎日手合わせをさせられるだろうと噂されている。 「そして、リイカ姫だってそうですよ。」  リイカ姫は前国王の故ウムグ王の娘で、十五歳で戦場に立って戦い武勲を立てた、これもバリバリの武闘派の姫である。護衛に行っても、いらないと言われそうだ。 「最後はグイニス王子、セルゲス公です。」  セルゲス公は前国王の王子で、リイカ姫の弟である。十歳の時に政変により、幽閉されていた。政変を起こした主は叔父であり、叔父が今は国王になっている。王子はセルゲス公の位が与えられたものの、病弱で気が狂ってしまっているという噂もあった。しばらく幽閉されていたせいらしい。絶世の美女であった母、故リセーナ王妃にそっくりな美少年だという。今は十三歳くらいである。 「可哀想な方ですが、この子…この方の護衛に就くと命がけって話です。大きな声では言えませんけど、例の女性が刺客を放ちまくるって噂ですから。」  “例の女性”とは今の王妃のことだ。王太子である息子の邪魔をする存在として目の敵にしており、セルゲス公を亡き者にしようと毎日計画を立てているという噂だ。 「セルゲス公の護衛はある意味、左遷って話ですよ。それか、例の女性から何か(ささや)かれてそっちにつくか。二つに一つっていう嫌な選択をしなくてはならなくなりそうです。」  モナは言ってため息をついた。 「どの方々も敬遠されていますからねえ。パミーナ姫の護衛になって、剣のお相手をして軍隊以上に鍛えられる毎日か、リイカ姫の護衛になって北方の部隊に笑われながら、何もできずにぼーっと突っ立っている毎日か、セルゲス公の護衛になって、命がけで休む暇がない毎日か、のどれかです。  でも、その中で一番可能性があるのが、セルゲス公ですよ。セルゲス公の位が与えられていますからね。親衛隊が必要なはずです。」  探索などが得意なモナが推測を立てた。 「…そうかもな。でも、どんな方の護衛であろうと、我々のやることは同じだ。誠意を持って、その身辺をお守りすることなんだからな。」  シークの答えに隊員達がはあっ…。という顔をした。 「…なんだ、その顔は?」 「隊長ってだから、出世できないんっすよー。」 「…なんか、こう……。他人を蹴落としてでも行くぜ!みたいなガツガツしたやる気っていうか…。そんなのないんですか?」 「お前らな、他人を蹴落としてどうするんだ。」  心配してくれるのはありがたいが、他人を踏み台にして出世しても意味はない。 「言っても無駄だってー。だって、隊長って精神が年寄りくさいからさ。」 「……。」  心にぐさっと突き刺さった。今のは痛かった。年寄りくさいって…。 「分かる分かる、なんか、悟った仙人がダメじゃーって言ってるみたいな?」 「ああ、確かに言われてみれば。確かに仙人だよな。普通、あんな嫌がらせされたら怒り心頭だって。でも、受け流しちゃってさ。子供じみてんだろ、マントに落書きって。」  先日の誰かの嫌がらせについて言っているのだ。何者かがシークのマントに落書きをしてあったのだ。誰なのか想像はついたが、追求しなかった。従兄弟達の誰かだろう。 「分かった、分かった、みんな。心配してくれるのはありがたいが、大丈夫だ。」  シークが宥めると、隊員達は仕方なさそうに口を閉じた。 「…しかし、隊長。実際問題として、殺されたりしないで下さいよ。」  モナが真面目な顔で言った。 「殺人事件って親族間や家族間で多いんですよ。」 「…殺人って大げさじゃないか?」  シークは思わず苦笑する。 「いいや、全然大げさじゃないですよ。はっきり言って悪質です。このままじゃ、隊長、下手したら牢屋に入れられますって。」  モナはそういう事件の方面に詳しい。除隊したら、公警か民警に入る予定だ。ごく最近まで、国王軍が警察の役割を果たしていたので、事件を担当する詳しい人間も、隊の中に必ず一人か二人はいるようになっていた。 「…そうか、そうか、分かった、気をつけるよ。」  大げさだと思うので、つい、返事がぞんざいになる。 「あぁ、もう隊長、全然返事に緊張感ないし。信じてないですよね?」 「まあ、気にするなって。」 「気にしますよ、隊長がクビになったら俺達どうしたらいいんですかって、話なんですけど。」  モナは細かい。どうしても、性格と配属されている理由が探索方だから、仕方ない。  こうして、部下達が慕ってくれる。確かにもう少し上に行くぞって思った方がいいのかもしれないが…。そうやって、やる気が空回りしてやめていく人を多く見てきただけに、やる気を中の上くらいに保っているつもりだった。 「隊長、ところでいつ頃、陛下に拝謁するんですか?」  ベイルに聞かれてはたとシークは考え込んだ。 「あれ?そういや、管理長、いつって言わなかったな。まさか、今から!?」  シークが慌てた時、廊下を慌てて走る音が聞こえてきた。 「おい、ヴァドサ!すまん、迎えが来た!明日かと思ったら、これからだと!」  扉が勢いよく開いて、管理長が怒鳴った。 「えぇ!」 「大変です、早く着替えないと!」  
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