教訓、一。突然の出世には裏がある。

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   初めて国王に拝謁する。否応なしに緊張した。今の国王は曰く付き、いろいろあるが、国王に違いない。幼い子供の代わりに摂政をしていたが、結局王になっただけである。以前からその役割をしていたのだから、正当な座についただけだ、という見方もできる。   “正当性”を主張する者達も大勢いるが、シークはどちらかと言えば、王など誰でも良く、能力がある者がなれば構わないと思う。  一応、その血筋である、というのはやはりあるが。だが、その点、今の王は何も問題ない。なぜなら、前国王の弟なのだ。どこにも問題は無く、その上、前国王の時代から宰相をしていたほどの実力者である。いろいろと公にできない問題があって、その座に納まったのだろうとシークは想像していた。  ただ、前国王の子供であるリイカ姫とグイニス王子には、多少の同情は禁じ得なかった。特にセルゲス公となったグイニス王子はまだ、十歳になったばかりの事件だっただけに、ちょっと可哀想だと当時も思った。  ただ、それだけだった。まさか、自分の身に関係してくるとは夢にも思わず。  国王に呼ばれたシークは久しぶりに緊張した。めったに着ない完全なる正装の軍服姿である。副隊長のベイルは隊のみんなを集めて待機している。一人、国王の前に出るのだ。 「隊長、緊張しすぎて粗相しないで下さいよ。」 「失敬だな。そんなヘマをするもんか。」  と言いながら、シークは床の小さな板の段差に(つまづ)いた。 「!だから、言ってんですよ…。」  隊の面々が呆れて心配する。 「ほんと、陛下の前でずっこけないで下さい。」 「いやあ、ほんと、失敗しないようにって神に祈っておく必要があるんじゃ。」  めいめい好き勝手なことを言っている。 「おいおい、私はそんなに信用がないのか?」  みんな、一瞬、顔を見合わせて笑い出した。 「ないっすねー。」 「模擬戦とか剣のことなんかは、信頼できるけど、他のこととなると信用できん。」  結構な言われようで、シークは額に手を当ててがっくりした。 「……。分かった。だったら、私が陛下の前でヘマをしないように、天の神様に祈っておいてくれ。」  そうやって、みんなに見送られて出てきた。謁見室に通され、緊張したまま(ひざまづ)いて国王が入ってくるのを待った。あまりに緊張していたせいか、いつもより早く脚が痺れてきた上に尿意を催してきた。さっき、来る前にしてきたはずなんだが。  そして、王が入ってくる知らせがあり、王と共になぜか王太子とその護衛まで一緒に入ってきた。 「お前がヴァドサ・シークか?」 「はっ、初めて拝謁致します。このたびは拝謁の栄誉に預かり、誠に恐悦至極でございます。」 「そう、緊張するな。あまりに言葉通りに恐縮しすぎだぞ。」  ボルピス王が苦笑した。王に苦笑されてシークはどうしていいものやら、困ってしまう。礼儀やらなんやら、今まで学んできたことは一体、何だったのかすっかり頭の中から消え去ってしまった。 「は、も、申し訳…申し訳ございません。」 「名前からして、十剣術のヴァドサ家の者だな。」 「はい、本家の五男でございます。」 「剣術の試合に出場したことはないのか?」  内心、聞いて欲しくない話題だ。だが、仕方ない。この名前がある限りついて回る。 「残念ながら、ありません。」 「十剣術交流試合にもか?」  十剣術交流試合になら、国王軍に入っていても出場は許されている。 「はい、何度か剣士に選ばれましたが、間が悪いことに怪我などで出場できなくなりまして。」  シークは仕方なく言いたくない事実も、少しぼかして答えた。 「…そうか。それは残念なことだな。」  王はなんと思っただろうか。十剣術交流試合の剣士として出場したこともない者に、役目が務まるだろうかと考えるだろうか。 「話の本題に入ろう。」  ややあって、王は言った。噂とは違い、王は穏やかな口調で語る人だった。想像以上に静かなお方だ。甥を引きずり下ろしたのだから、もっと過激で激しい人なのかと思っていた。 「お前の隊を親衛隊に任ずる。」 「は、はあっ。ま、誠に…。」 「待て。話はまだだ。」 「そ、それは、も…も、もうし……。」 「しばらく、黙っていればよい。」  あまりに口がもつれていたため、今まで黙っていた王太子が口を挟んだ。仕方なくはっ、と言って黙った。 「護衛するのはグイニスだ。」  王の口から出てきた王子の名前に、モナの予想通りだったなとシークは思った。 (…これは、出世どころか、左遷だって言ってたヤツだな…。) 「グイニスをセルゲス公に任じた。そのため、親衛隊を送っていたが、問題が生じた。」  王の話は続いているため、シークはなんとか話に集中した。今は隊のみんなに何て言うかとか考えている場合ではない。 「先に送った親衛隊の三分の二が、グイニスの護衛に殺された。護衛はもちろんニピ族だ。そんな芸当ができるのは、ニピ族しかいないが。」 「!」  思わず、顔を上げて王の顔を凝視してしまい、慌てて視線を戻す。  ニピ族は大昔から住んでいるサリカン人の兄弟族だと言われている。サリカタ王国(いち)…いや、ルムガ大陸一と言われる武術、ニピの踊りを身につけている。シークの家は古い剣術流派の家柄であるため、昔、剣術の指導をしてくれた長老が言っていたが、ニピ族は踊りと舞の二つに分かれており、舞の方が古い掟を守り、王家にしか仕えないという。踊りの方は、カートン家と契約を交わし、その後、金持ちや貴族にも仕えるようになったという。  舞にしろ、踊りにしろ、ニピ族は己で自分が仕える主を決め、一生をかけてその主を護衛する。(すさ)まじい武術を一人の人間の護衛のために使う、特殊な生き方をする人々だ。 「お前も噂で聞いているだろう。グイニスの容姿は先の王妃と生き写しで、大変整っている。そのため、あの子に欲情したという理由で殺された。その上、護衛はグイニスを連れて行方をくらました。」  シークは必死に考えた。行方が分からない人を一体、どうやって護衛するのか? 「…お、恐れながら、セルゲス公は行方不明なのに、どうやって護衛をしたらよいのでしょうか?」  あまりに子供っぽい質問だったが、本当に混乱していたのだ。王が苦笑した。 「どの隊もみな、そう言って護衛を辞退した。お前も辞退するか?」 「…そ、それは……。」  本当は辞退した方がいいような気がするが、辞退できない空気が王と王太子から(かも)し出されている。 「王妃が私情のままにグイニスに刺客を送っている。私とてあの子を殺したいわけではない。」  王の言葉にシークは、はっとした。冷酷に甥を追いやったようにしか見えないのに、王の今の言葉には、甥を慈しむ感情の欠片が見え隠れしたように思ったのだ。 「…何か方策がおありでしょうか?セルゲス公を見つけ出すための…その、何か情報なりとも……。」  思わず発言してから、シークは後悔した。もう後には引き下がれない。やるしかないのだ。 「宮廷医が一人、後を追っている。」  シークは耳を疑った。親衛隊でも何でもなく宮廷医が追っている!? 「まあ、カートン家の医者だが。こういう時、足が軽いのはカートン家しかいない。他の家柄の医者共はなんだかんだ言って、面倒な仕事を何一つしない。」  カートン家、という名を聞いてシークは納得した。二百年間宮廷医を輩出している家柄だが、他の古い家柄の医者の家門からは、毒使いだとどこか敬遠されて馬鹿にされている。貴族や古い家柄ほど、その傾向は強い。  だが、その腕は確かで、いつでも誰でも身分に関係なく、無料で診療する方針である。そのため、手広く商売もやって金を稼いでいる変わった医師の家門だ。しかも、門戸を開いて学校を創設し、多くの優秀な学生を集めて医師を養成している。 「そのカートン家の医者の連絡によると、護衛はグイニスを連れてリタの森に行ったそうだ。どうやら、ずっとサリカタ山脈やリタの森の間を行ったり来たりしているらしい。  私としてはセルゲス公に任じた以上、一つの所に留まって貰いたいと思っている。だが、刺客のせいで逃げるしかないと説明されれば、護衛を送るしかあるまい。」  リタの森、と聞いてヴァドサはめまいがしそうだった。森の子族の中で最も激しい戦闘民族として知られているリタ族が住んでいるから、リタの森だ。リタ族はその一方で草木に詳しく、カートン家と交流があり、コニュータ建設に手を貸してくれたり、街の森の管理に携わったりして、最も街に出てきている森の子族でもあった。  さらに、リタ族は美しいということでも知られている。褐色の肌に灰色の目をしており、男か女か一見分からぬような柔和な面立ちをしているが、討ち取った敵将をバラバラにすることで有名だ。おそらく、見た目と行動がかなり違うので余計に恐れられたと思われる。  シークの隊にも一人、リタ族の隊員がいる。もしかしたら、それで選ばれたのかもしれない。しかし、リタの森に逃げたのなら、カートン家の医者しか追っていけないだろう。そして、自分達もリタの森に行けと?しかし、広大な森をどうやって探すというのだろう? 「そこで、私の護衛のつてでどの辺にいるか、突き止めた。」  王太子タルナスが口を開いた。この王太子は父王ボルピスの行動に反感を持っており、王妃である母カルーラとも激しく喧嘩するほど、両親と仲が悪いという噂だ。 「カートン家の医者の情報を元に、知らせを送って貰った。護衛が送られてくるというのなら、出て来るそうだ。さすがにグイニスをずっと、リタの森に隠しておくわけにもいかないからな。」  そこで、また王が口を開く。 「なぜ、お前達が選ばれたか分かるか?」  リタ族の隊員がいるから以外に思いつかないが、たぶん、それだけではないはずだ。それ以外の最もらしい理由を、全く思いつかなかった。 「…いえ、分かりません。」  仕方なくそう答える。 「皆が辞退したからというのもあるが、それだけではない。グイニスの護衛を務めるには、まず手練れでなくてはならない。次にお前達が真面目だという評判だから、選んだ。」 (…真面目って?)  内心でシークは焦った。どういう話が流れていったのだろう。 「街で酔っ払いに絡まれている娘を助けたり、痴呆で家が分からなくなった老人を助けたり、人目につかないところでの真面目な働きがあると聞いている。」  シークは冷水を浴びせられたように、ぞっとした。確かにそういうことはある。確かに助けた。シークもだし、隊の者達もそうだ。なかなか出世できなくても、国王軍の制服を着られるだけで憧れの対象なのだ。  だから、その誇りを失わないようにしていただけの話で…つまり、見栄のための行動でもあった。もちろん、それだけではない。部下達のやる気を失わず、気持ちを保つために善行を積むことを積極的にさせていた。  真面目だと評されたら、少し困るような気がする。もし、国王の期待と違っていたらどうしようと、シークは焦っていた。  人は己を基準にするため、シーク自身がいかに真面目なのかきちんと判断できていないので、余計に自分の行動は不純な動機があると思っていた。  真面目でなくてはならない理由。 (王子の護衛に殺されないようにするためだろう?…大丈夫かな、あいつら。)  一抹の不安がよぎる。 「分かっているとおり、今度、お前達がニピ族の護衛の目から見て、グイニスに欲情したと思われたら、殺されるのみならず完全にグイニスの足取りがつかめなくなる。二度と我らの前に出て来ることがないだろう。そうなっては困る。だから、決して失敗するな。」  今のは国王からの命令だ。 「ははっ。承りました。」 「何か他に質問はあるか?」  王に聞かれ、シークは必死で頭を巡らせた。 「…もし、合流致しました場合、どこに行けばよろしいのでしょうか?一つ所にということは、どこか屋敷に逗留(とうりゅう)できるようにされるということなのでしょうか?」  シークの質問に王は、あぁ、そうだった、という顔をした。 「そうだ。合流した後は、ノンプディ家が用意した屋敷で療養するように。後で、詳しい場所は伝える。他に何かあるか?」 「…言いにくいのですが、もし、誰かが仮に…セルゲス公に直接的な害だけでなく、淫らな思いを抱いたとはっきり分かり、そのような行為に出た場合はいかが致しましょうか?もう、その場で処断してもよろしいのでしょうか?」  王は一息つきながら目を(つむ)り、開いてからはっきり言った。 「お前の判断で処断せよ。お前に全権を授ける。もし、グイニスに欲情した者がいて、そのような行為に出た場合、すぐに殺せ。王室を辱める行為だ。グイニスは私の甥である。そこは決して忘れることのないように。」  シークは全権を授ける、と言われてかなり緊張が走ったが、さらに確認した。 「仮に貴族の子弟などが、そのような行動に出た場合は……。」  最後まで言い切らぬうちに王が言った。 「誰であってもだ。仮に八大貴族の領主の誰かであっても、殺せ。グイニスを辱める行為は、私を辱めるのと同じだ。分かったな?」  隣の王太子が、驚いたように父を見つめている。 「は、承知致しました。」 「もちろん、あの子を直接殺そうとする者は尚更だ。裁可を待つ必要は無い。」  子を守ろうとする親のような感情が見えた気がして、シークは小さな違和感を覚えた。 (陛下は…セルゲス公を守ろうとなさっておられるようにしか見えない。噂のように、本音では死んで欲しいと思っておられるようには、決して見えない。) 「それと、当然だが定期的に報告を送るように。グイニスには規定に従って、療養するようにと伝えよ。」 「はっ。」 「後はタルナスに任せる。王太子に聞け。」  王は言って立ち上がり、シークは敬礼して見送った。
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