教訓、一。突然の出世には裏がある。

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   隊のみんなの所に戻った時には、シークはへとへとになっていた。 「おかえりでーす、隊長!!」  隊員達がみんなで祝いの言葉を述べる。どうやら、長いので親衛隊に昇進は間違いないと判断したらしい。 「隊長、どうしたんですか、元気がないっすねー!」 「陛下の御前でやっぱり、粗相したんじゃないんすかー?」 「…お前達、黙ってくれ……!」  神経をすり減らしてきたシークは思わず怒鳴った。隊員達がシークの様子に顔を見合わせて、黙り込む。 「隊長、大丈夫ですか?何かあったんです?」  ベイルの問いにシークは(うなず)いた。とりあえず、話し始める前に水差しの水を飲む。 「確かに…確かに親衛隊にはなった。」  シークの言葉に隊員達が、全員で大喜びする。 「待て、静かにしろ…!」  ベイルがすかさず静かにさせる。 「お前達、今すぐ全員、荷造りしろ。」 「…荷造り?」  親衛隊は王族の護衛を担当する。サプリュに住んでいない王族の護衛は、遠方になるため遠出することになる。 「三日後にはリタの森に向かう。」 「?」  全員の顔に疑問が浮かぶ。いまいち言われたことの意味を理解していない。 「…リタの森、ですか?」  ベイルが聞き返す。 「お前達が聞き違いだと思うのも、無理はない。私達が手練れであると陛下も認めて下さった。それが故の大抜擢(ばってき)だ。それには間違いないから、喜ぶといい。」  長い前置きに、みんな不安そうに顔を見合わせる。 「それで、隊長、一体、どなたの護衛を任されることになったんです?」 「セルゲス公だ。」  全員の顔が強ばった。最も命がけだと言われる任務。王が追いやった王子の護衛で、昇進という名の左遷だと言われている所。 「…で、セルゲス公がリタの森にいらっしゃると?」 「そうだ。」 「お一人で!?」  誰かが混乱して言った言葉に、シークは苦笑した。 「お一人のわけがない。まだ、セルゲス公は十三か十四歳だぞ。ニピ族の護衛が連れて行ったそうだ。」 「なんで、またリタの森に?」 「一体、どうやって探せと?」  当然の疑問だ。 「刺客を逃れてですか?」  ベイルがまっとうなことを聞いてくる。 「それもある。だが、お前達に言っておかなくてはならん。重要なことだ。陛下も王太子殿下も、そこを重要なこととお考えのようだった。もっとも(きび)しく命じられたことだ。」  シークの言葉に隊員達が姿勢をただした。 「護衛のニピ族がリタの森に行った最大の理由は、安全を確保するためだそうだ。前の護衛達がセルゲス公に情欲を抱いたが故、隊の三分の二を殺したらしい。もし、セルゲス公付きの宮廷医、カートン家の医者だが、その医者がいなければ、セルゲス公の行方は不明になっていたそうだ。」  全員の目が点になった。しばらくの空白の後、顔を見合わせ、誰ともなく吹き出して爆笑した。 「ありえねぇだろ!」 「嘘だ、絶対!」 「だって、まだ、十四かそこらの子供だろう?欲情って…!」 「しかも、三分の二殺すって…!」 「本当の話か?」 「ニピ族だからって、さすがに手練れの連中を一人で、そんなに殺せないだろ!」  シークはため息をついた。案の定の反応だ。シークの顔色が悪いことに気がついたベイルが、声を張り上げる。 「お前ら、静かにしろ!まだ、隊長の話は終わってないぞ!」 「でもー、副隊長。」 「あまりに嘘っぽくてさぁ。」  シークだって嘘だと思った。だが、王も王太子も本気だった。王太子の護衛のニピ族も当然、というような顔をしていた。 「静かにしろ!」  シークは一喝した。シークの声に隊員達が押し黙る。 「最初に言ったはずだ。陛下も王太子殿下も、嘘を言われている様子は全くないと。それとも陛下と殿下が嘘をついていると?王太子殿下の護衛も同席していたが、当たり前だという顔をしていた。もちろん、殿下の護衛はニピ族だ。私はあの現場で、全員が事実として受け止めていると感じた。」  シークは一同を見渡した。 「私には実際に護衛兵の三分の二が殺されたのだ、という風にしか受け止められなかった。それが事実だと。」  全員が息を呑んでしん、と静まりかえる。 「いいか。我々の任務は非常に難しい。だが、やり遂げられたら誇りを持っていい仕事だ。まず、リタの森に行き、セルゲス公の護衛とセルゲス公ご本人の無事を確認し、合流する。  その後、ノンプディ家が用意した屋敷に向かい、セルゲス公に療養して頂く。我々はその護衛をしつつ、また、勝手にリタの森に行かれたら困るので、その行動の監視も行う。」  監視という言葉に、みんな顔を見合わせている。 「繰り返すが、セルゲス公の護衛はニピ族だ。王太子殿下の護衛が言っていたが、相当の手練れだそうだ。その手練れのニピ族が、刺客を避けるためにリタの森に行った。どういう事態か分かるな?」  隊員達はごくり、という音が聞こえてきそうな様子で唾を飲み込んだ。 「我々は決して失敗は許されない。陛下に厳命されている。セルゲス公の護衛が二度とリタの森に行こうと思わないように、決してセルゲス公に良からぬ思いを抱くな。分かるな?もっとはっきり言わないとだめか?欲情するな、ということだ。  もし、仮にそういう思いを抱いたら、誰であろうと斬れと仰った。セルゲス公は陛下の甥御でいらっしゃる。セルゲス公に(みだ)らな思いを抱くことは、すなわち陛下を辱める行為であり、王室を(おとし)める行為である。だから、それがたとえ、八大貴族の領主の誰かであっても、構わず斬れと。」  全員がぎょっとして固まっている。 「つまり、その判断をする我々は決して、そのような思いを抱くことは許されず、失敗してはならないということだ。分かったな?」  今度は誰も笑わなかった。だが、実際には誰も、この時はシーク自身も本当に理解したわけではなかった。セルゲス公に会って初めてその意味を理解するのである。
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