アンタを嫌いになりたい

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 営業に行った先の社内食堂はちょっと有名で、ビルの最上階にあって見晴らしもいい上に、社員じゃなくても使用が許可されていて、おれはこの日を楽しみにしてた。  値段も安いのに、料理はかなり美味しい。おれの前の営業担当だった先輩が自慢してたのを、ずっと羨ましく聞くしかなくて、やっと自分の担当になった時は、思わずガッツポーズをしてしまったくらいだ。  「あ〜美味しかったぁ」  エレベーターに乗ると誰もいないのを良いことに、膨らんだお腹を擦った。  下降していたエレベーターは、直ぐ下の階で止まり、ポーンという軽快な音と共に扉が開いた。  …うわぁめっちゃイケメンだ。  目の前に立っているのは、癖のない黒髪でサイドを横に流した、芸能人ばりのイケメンで、おれは見惚れたようにその顔に釘付けだった。  「おい、邪魔だ。ど真ん中に立ってるな」  そのイケメンの眉間にシワがより、刺すような視線を向けられたおれは、言われた言葉を理解するなり、飛び上がるように壁際まで退いた。  「あっ、すいませんっ!ごめんなさいっ」  「チッ」  舌打ちまでされて、ギュッと唇を噛んで俯いた。  イケメンだけど、めっちゃ性格悪っ!!あんな言い方しなくてもいいじゃんかっ!  そっと後ろ姿を伺えば、ダークブルーの細身のスーツがよく似合っていて一片の隙もなさそうで、エリートリーマンなのかなぁ、なんて自分の少し草臥れたスーツを見下ろした。  ……自分だけなんだろうけど、ちょっと気まずい。誰でもいいから乗って来ないかな…。  そんな事を考えてると不意に鳴り出したスマホのアラート。  慌てて取り出せば地震警報で、えっ!?地震っ!!ってパニクってる間にグラリ、とビルが揺れた。  「あっ、うわ…」  『地震を探知しました。緊急停止装置が作動しました』  エレベーターから案内放送が流れて、ガコンっとエレベーターが止まりライトが消えた。  「えっ、嘘っ!やっ、やだっ!」  突然消えたライトに、余計にパニクるおれの腕を誰かの手が掴んで引き寄せられた。  「えっなに…やっ誰っ!」  「黙ってろ」  手元のスマホの明かりで、その誰かはさっきのイケメンリーマンだと分かるけど(そりゃそうだ、二人しか乗ってないんだし)その時はパニクってて振りほどこうとして、余計に抱え込まれた。  「落ち着け、いいかおれの心臓の音だけを聞いてろ」  顔を胸元で抱き込まれると、ドクンドクン、て力強い鼓動が聞こえる。  「あ…」  「直ぐに動く。慌てるな」  頭上から聞こえる低い声が、更におれを落ち着かせてくれる。  フッとライトが点灯して眩しさに目を瞬かせると、直ぐ近くにイケメンの顔があった。  近い〜〜っ!! しかもおれ、めっちゃ抱きついてるぅぅ〜。  恥ずかしいっ!!けど、こういう時何て言えばいいの?ありがとうって腕を外せばいいのか?それとも何も言わずに離すのが正解か!?  「よくもそう表情が変わるもんだな」  関心したような呆れたようなその口調に、見られてた!!って恥ずかしさで顔も耳も熱くなる。  絶対今、おれ顔真っ赤だ…。
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