彼女の中で生まれて死んだ

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 一目見たその時から、一つ生まれ、一つ死んだ。 生まれたのはこれ以上ないほどの慕情だった。  自分とは違った青い体が、風に吹かれてしなやかに揺れる。  彼女から発せられる香りが魅力的でたまらず、頭でしきりに鳴っている警報に首を傾げながらも、文字通り誘われるように彼女のもとへふらりと寄った。  私たちは人間の食べ物やら動物たちの糞を主とし、時たま植物からも栄養をいただく。  彼女も、一見するとそれらと変わらない姿形をしているのだが、目を引くのはその花弁だ。  人間の手のような形をしていて、それが上下に構えられている。少し禍々しい気がするが、それも彼女の素敵なところなのだろう。  彼女は静かに私を待っている。  私はまず彼女の体の上にそっと降り立った。  植物たちと同じく、水々しく美しい青い肌だ。その肌に優しく口付けしながら、花弁へと向かう。  むわり、と芳しい匂いが立ち込めていた。頭がクラクラする。早鐘を打っていた私の心臓は、もはや止まってしまうのではないかというほど稼働している。奥に行けば行くほどに、香りは強くなるのだ。  ああ、彼女に、触れたい。  彼女の香りを、嗅ぎたい。塗れたい。  私は落ち着きなく手と手を擦り合わせて迷っていたが、やがて決心した。  優しく花弁を広げ、奥へ進む。そして私の脚が、意図せず彼女の過敏な箇所を刺激した時だった。  突然目の前が暗くなった。  辛うじて後ろを確認すれば、彼女の花弁がまるで人の手が組み合わさったように閉じられているのが見えた。  思わぬ事態に固まっていると、足元がピリピリしてくるではないか。なんと彼女は私を溶かそうとしているのだった。  ああ、私は。  何故か恐怖はなかった。  彼女の香りや私を包む彼女の花弁が心地良いおかげだ。  そして何より、私の命が彼女の生きる糧になるとわかり、それがとても幸せだったからだ。  私は少し唇を歪め、彼女への想いを胸いっぱいに満たして、ゆっくり意識を手放した。  一つ生まれたのは彼女への慕情。  一つ死んだのは彼女を愛す私。
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