天使を拾った夜

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天使を拾った夜

3ヶ月前、私は天使を拾った。 薄ら寒い秋の夜のことだ。 大学からの帰り道、コンパで呑んだ甘いお酒が回って気分が高揚していた私は、上機嫌で家路を辿っていた。 月は薄ぼんやりとした光を投げかけて、私の影を柔らかな形にする。 「おっとと……」 酔いのせいか足元が少しふらついて、茶色のロングスカートが足にまとわりつく。 しかし転ばなかった……そのことに満足して口角を上げると、セミロングの髪が唇に貼り付いた。 手で払ったら夜風がそれを攫って、栗色の直毛が風に舞う。 同時に何か白いものが視界の隅に写って、私はそれを目で追った。 羽? 街灯があっても薄暗い細道の、電信柱の陰から鳥の翼のような物が見えた。 しかしその大きさはどう考えても鳥のものではなくて……普段ならここで警戒するのだが、その晩の私は好奇心が勝った。 ゆっくりと正面に回り込んで、拍子抜けする。 なんだ、人間か。 背中に白い羽根を背負っている、ということは天使のコスプレなのだろうか? ハロウィンが近いと、こんな郊外にもコスプレイヤーが現れるものなのか。 「お兄さん、こんなとこで寝たら風邪引いちゃうよ?」 俯いていて顔は見えなかったが、線が細く骨ばった風体から若い男だと思った。 酔い潰れているのだろう、足を投げ出して電信柱に寄りかかったまま動こうとしない。 私は警察を呼ぶべきか救急車を呼ぶべきか悩みながら、もう一度呼びかけることにした。 「お兄さん、大丈夫?」 あまりにも反応が見られないので不安になって肩に触れると、温もりがあって少し安心した。 「うぅ……」 呻き声を上げて彼は背中に手をやった。 「痛いの? 外します?」 背負っている羽根が当たるのかと、よく見てみると継ぎ目がない。 最近のコスプレは良くできているものだ……しかしこれではどう外したものか分からない。 服と一体化しているのかと思って引っ張ったら、悲鳴のような声が上がった。 「これ……生えてる?」 掴んだ羽根はほんのり温かくて、少し脂っぽい、生き物の感触だ。 なんだか気持ち悪くて、スカートで手を拭った。 「……さわ……るな、人間……」 彼がゆっくりと顔を上げると、黒髪の間から綺麗な蒼い瞳が見えた。 それは暗い中で発光しているように明るくて……人ではないと気づいた。 同時に警察も救急車も呼べないと言う事にも。 「背中、痛いの? 怪我?」 血液に類するものは見当たらなかったが、何しろ生態の分からない生き物だ。 怪我をしても血が流れないのかも知れない。 背中に白い羽根を持つ人間……私の知る中でその特徴に当て嵌まるのは「天使」ということになる。 「お前に……関係……な……」 ゆっくりと声が途切れた。 どうやら意識を手放したらしく、がくりと首が落ちている。 昔から私はこうだ。 どうにも捨てられている生き物に弱くて、手を差し伸べずには居られない。 いままで流石に人間を拾ったことはなかったが、まさか事もあろうに天使を拾うとは…… 溜め息を一つ吐いて、天使の体を背中に背負う。 女の私が担げるかどうか不安だったのだが、驚いたことに天使という生き物は霞のように軽かった。 空を飛ぶ生き物なのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
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