天使の天さん

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天使の天さん

一組しかない布団を貸してしまった私はソファで眠り、翌朝男の声で目を覚ました。 「おい、何故助けた?」 「ふぁい?」 がらんとした物の少ない部屋に、見覚えの薄いシルエットがある。 誰だっけと、しばし考えて昨晩のことを思い出した。 そうそう、天使を拾ったんだっけ……こんなに美人さんだったんだ。 線の細いシャープな輪郭、白い肌に宝石みたいな蒼い瞳、凛々しい柳眉に通った鼻筋、艷やかな黒髪は前髪が長めで、ともすると目を覆ってしまう。 性別は男性だろう、声も低いし。 「おはよう、もう大丈夫?」 天使は切れ長な瞳を呆れたように丸くして、私を見た。 「何故助けた? こんな訳のわからないものを」 「自分で言うかな? 弱ってるみたいだったから連れてきたの。見つかったらまずいのかと思ったんだけど……迷惑だった?」 「……いや……助かった。ありがとう……」 意外にも素直に礼を言う所を見ると、やはりそこは天の使いなのだろう。 「天使って真っ白なのかと思ってたんだけど、羽根とか髪とか意外と黒いね」 昨晩は気付かなかったが、日差しの中で見ると翼の根元から中間くらいまでカラスの羽根のように真っ黒だ。 「俺は病気だから……髪も目も翼も、いずれ全部黒くなって死ぬ」 「具合が悪かったから倒れてたの?」 天使はこくりと頷いて、気怠げに腰を下ろした。 「人間に見える程弱っていたんだな。もう間もなくだろう。数ヶ月ぐらいか」 「鳥と同じだね。地面に落ちてると大体助からない……普段は見えないの?」  昔拾った雀もそうだった。 餌も少ししか食べてくれなくて、ほんの数日で冷たくなってしまった。 彼も鳥に近いのなら、きっと同じなのだろう。 「そうだが……動揺しないんだな」 動揺か……昔から感情が薄いとよく言われる。 確かにあまり激しく心が動くことは少ないけれど、まさか人外の生き物にまで驚かれるとは思わなかった。 むしろそちらに少し動揺した。 「そうだ、何か食べる? お粥でもどう?」   鳥ならば穀物だろうと思ったが、彼は首を横に振った。 「人間の食い物は食えない」 聞けば命を奪うことは出来ないのだそうで、日光に当たって少しの水があれば動けるらしい。 光合成でもしているのだろうか? 緑色でもないのに。 「天使さんは死んだらどうなるの?」 ふと考えて尋ねる。 だって死体になったら動物みたいに埋めるわけにもいかない……下手したら逮捕されてしまいそうだし。 「消える。天界に戻れる……」 「天使さん、天国に戻れないの?」  彼はひどく悲しそうな顔をして頷いた。 「その病気って感染る? そうでなければうちに居てもいいよ」 「お前は馬鹿なのか? 見ず知らずの……」 言いかけて口を噤み、眉を顰めながら苦しげに呟く。 「人間には伝染らない。天使はわからん。原因不明なんだ……だから追放された」 「天使なら悪いことはしないよね? 食費もいらなそうだし、長くもない。私も一人で寂しかったから丁度良いわ。ペット禁止の安アパートだけど、天使さんならコスプレ彼氏で通りそうだしね」 生まれてこの方恋愛とは無縁の生活だったし、天使も行く宛がありそうになかったから、ちょっと疑似恋愛気分を味わっても良いのかもしれない。 くだらない考えに自分で軽く嗤って、結局の所、一度は拾ったものを放り出すことのできない性分を自覚した。 「私、木下(きのした)紗良(さら)っていうの。紗良って呼んで。天使さんのお名前は?」 「人間には聞き取れない。天界の言葉だから」 「じゃあ、天使の天さんね。よろしく天さん」 にっこり笑って手を差し出すと、天さんは呆れ顔で私を見た。 「お前は変な人間だな。サラ」 おずおずと差し出された手を握って、私達の共同生活は始まった。
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