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空を飛ぶ
そろそろ冬の足音が聴こえるという頃、よく晴れた日に2人で日向ぼっこをしていた。
ふんわりと窓越しに差し込む光は、ブランケットでも掛けたように暖かく全身を包み込む。
私は抜けるような空を見上げて、何気なく呟いた。
「天さんは空を飛べたんでしょう? 羨ましいな」
その言葉に天使は少し驚いたように私を見た。
「何だ、サラも飛んでみたいのか?」
私はこくこくと頷いた。
そりゃあ、子供の頃からの夢だもの。
ティンカーベルみたいに自由に空を飛んで、好きな所に……誰も知らない所に行ってみたい。
「今日は調子が良い。少しなら飛べそうだ」
天さんはそう言うと、窓を開けていきなり私を横向きに抱きかかえた。
「天さん!?」
「サラには恩があるからな」
霞のように軽い体なのに、何故私を軽々と抱き上げることが出来るのか……不思議だけれど、今はそれどころではない。
彼はベランダに出て、大きな翼を横に広げた。
「ちょっ……まっ……」
静止の声よりも早く、彼の脚がベランダの手すりに飛び上がる。
上からの重力と下からの跳躍力に押しつぶされて、私は必死で骨ばった体にしがみついた。
ばさっと大きな音がして……
一瞬で重力の軛から解き放たれた気がした。
風が体を包んで流れてゆく……
自分が風になったみたいだ。
「ほらサラ、ちゃんと目を開けて見てみろ。これが空を飛ぶってことだ」
ゆっくりと目を開けると、眼下には見慣れた町がミニチュアみたいになっていた。
普段は見上げるしかできないはずの電波塔を見下ろして、悠然と風に乗る。
ばさりと翼が鳴るたびに、物凄い速さで景色を追い越してゆく。
知らない町の風景、頭に白々とした雪を乗せた高い山、深い峡谷には鮮やかな錦のような紅葉が見え、海には水平線が日差しに照らされてきらきらと輝いていた。
「すごい……すごい、凄い!!」
彼はまだこんなに飛べるのに、何故天界に帰れないのだろう。
何処へだって行けそうなのに。
「そろそろ……帰ろう」
夢中で景色を見ていた私は、苦しげな声にびくりとした。見ると天さんの顔が青ざめている。
「大丈夫!?」
彼は返事をするのも辛いのか、こくりと頷いて無言で速度を上げた。
嵐の様な音を立てて風が耳元を通り抜けてゆくが、次第に弱まって安定を欠く。
途中から飛行はふらつくようになり、滑り込むようにベランダに飛び込んだ。
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