最高のバッドエンド

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あなたは、今何処にいますか? ミレイ様、無事にあの方と再会できましたか? いえ、きっとできているでしょう。 あなたは、とても優しく、とても尊い方でしたから。 孤児院への炊き出し、貧しい人への奉仕活動に積極的に関わってきたあなたなら、きっと、【天の庭】に逝けていることでしょう。 あの方も同じですね。 あなたの婚約者の、ベルク様もきっとあなたと同じ【天の庭】に逝っていることでしょう。 私は、あなた方お二人が一緒にいるところも、お二人が微笑み合っているところももう二度と見ることは叶いません。 私は、あなた方とは正反対の【地の底】に送られることになるのですから。 どうか笑っていてください。 僕の愛おしい人よ。 彼は、そう心の中で静かに唱えた。 死刑が決まった時から死を覚悟していた彼は、辞世の句を心の中で静かにひっそりと誰にも知られることなく、唱えていた。 ぼんやりと空を仰ぎ見ると、白い鳥が青い空を駆け抜けるのがみえた。 それをしばらく目で追っていると、教会の鐘の音が鳴った。 そして、処刑人が重い口を開いた。 「――これより、ケイン・ランドバウの処刑を執り行う」 処刑人は、ケインの犯した罪を読み上げていく。 「ケイン・ランドバウは、来月に式を控えていた、ミレイ・アーマイゼ侯爵令嬢を殺害した罪により、処刑が相応しいと判決が出た。よってこの場にて彼の処刑を執り行い。見届け人は彼女の夫になる予定だった、バボウ・グリフトン子爵」 名を呼ばれた男は、ケインを恨み憎しみの視線で見る。 バボウは、この世で一番憎いといっても過言ではない男の処刑を見るためにわざわざ足を運んだのだ。 この国では殺人行為は、第一級犯罪といわれており、その代償はとても重い。終身刑かもしくは彼のように処刑。 だが、それよりも重く禁じられているのは、《自殺》だ。 罪に問われるとはないが、この国の宗教であるティーニャ教で禁じられている。 「最期に何か言い残すことはあるか」 「いえ、大丈夫です」 彼らに、この場にいる民衆らに言うことなど特になかった。自分がやったことが正しいとは思わない。 だけど、愛する人に何かしてあげたいと思ったのは事実だ。 ――幸せな2人を襲った悲劇は、忘れもしない今から3年前のある夏。 ミレイとベルクは、次の年に結婚の予定があった。 誰もが2人を祝福し、誰もが2人の幸せを思っていた。 それがいとも簡単に崩れ落ちることになるとは、誰も知るところではなかったのだ。 「そ、そんな!う、嘘よ嘘!ベルクが死ぬなんて、そんなことあるわけがないわ!」 艶やかな青色の髪を乱しながら、ミレイは幼馴染のケインに縋り付く。 ポロポロと緑の瞳から雫を流しながら、何度も何度も首を横に振りながら、そう口にする。 そんな彼女の有様に縋りつかれているケインは、彼女を振り解くことなく、静かに唇を開いた。 「いいえ。ベルク様は昨日、暴走した馬車の馬に刎ねられ、その後すぐに死亡が確認されました」 「そんな!?」 ミレイは、ヒュッと喉を鳴らしながら、ケインの言葉に絶望する。 昨日、いつものようにミレイの元に来ていたベルク。夜も更けていたこともあり、泊まるようにとミレイや彼女の父が打診したものの、急ぎでやることがあるから、と断られてしまった。 あの時、無理にでも引き止めていたら、とミレイはやるせなさに思わずその場に座り込んだ。 ケインはそんな彼女にかける言葉が見つからず、同じように呆然とそこに立っていた。 譫言のように「嘘」だと、まるで自分に言い聞かせている様は、哀れでならなかった。 その様を見ていることが辛くなったケインは静かに部屋を出て行った。 ケインは、ミレイと幼馴染だ。 幼いころは身分なんて関係なく遊び回っていたが、大人になった今では彼女の存在は遠く、さらに彼女は別の男との結婚を控えていた。 だから恋心に蓋をして、ミレイを側で支えることを誓っていた。 なのに、こんな悲劇は望んでいない、とぎり、と唇を噛み締め泣きたい気持ちを必死に抑えてこんだ。 ベルク・リュミエルの死から3年の月日が流れたある日。 ミレイはベルクへの想いを抱きながら生きていた。 ベルクの青色の瞳と同じ色の宝石をネックレスとして持ちながら、彼女は喪に服すように生きていた。 ケインは、そんな彼女を支え続けた。 本心では新しい恋をして欲しいと願う気持ちを持ちながら、だがそれを口にしてしまえば彼女の心が死んでしまう恐怖を抱きながら、ケインもまた苦しみの中で踠き続けていた。 そんなまるで氷の上を歩くような日々を、壊してしまう事件が起こった。 「喜べ、ミレイよ。行き遅れのお前を娶りたいという男が現れた。求婚してきたのはバボウ・グリフトン子爵だ」 バボウ・グリフトン子爵からの婚約の申し立てだ。 ミレイの家に比べたら下に位置するグリフトン家だが、ミレイは今や行き遅れとして縁談は一つもくることはなかった。 バボウ・バボウ・グリフトン子爵は、以前からミレイに言い寄っていた人物の1人だが、当時はベルク・リュミエルがいたためその願いは叶わなかった。 だが今や邪魔者はいない。 さらに、行き遅れとされている彼女に言い寄る男もいない。 絶好に機会を逃す手はなかった。 「お父様、私はどなたの元にも嫁ぐつもりはありませんわ」 「今まで育ててやった恩を仇で返す気か!! ふざけるな!3年、3年だ!あの男が死んでからもう3年だ!行き遅れのお前を娶りたいなんて男はもう二度と現れやしない!これは命令だ!」 ダァン、と机を乱暴に叩き、ミレイの父、リゲル侯爵は怒鳴りつけた。 そんな父の変わり様にミレイは、絶望した様な顔になった。 「もうお前には用はない。すぐに支度をさせる。お前に逆らうことは許さん」 これ以上は用はない、というようにミレイに冷たい視線をやった。 ミレイは、よろよろと父の部屋から出て行った。 ミレイにとって二度目の絶望だ。 一度目は、愛する人の死。 二度目は、父の裏切り。 愛を偽り続け、生きることに意味などあるのだろうか?と、一人きりの部屋でミレイはそう呟いた。 ただ、心の中でベルクのことを想い生き続けたいだけだった。 だけど、それが最早叶わぬ願いならば、私は選ぼう。 この選択を―― ミレイは、護身用として持たされていた小さな小さなナイフを胸に突きつけた。 彼女のドレスを真っ赤な血が染め上がる。 くっ、と声を必死に殺すが、あまりに小さいナイフだったため、その刃は心臓に届く事なく、血だけが流れ落ちる。 ドサッ、と彼女の身体が床に崩れるように倒れた。 ガシャ、ンと、彼女が倒れた拍子に花瓶も床に落ちた。 「ミレイ様!何事ですか!!」 バン、と扉を開けて入ってきたのは、ケインだ。 ケインは、床に真っ赤な血を流しながら倒れているミレイの姿を見て言葉を失う。 だがすぐさま駆け寄りその身体を抱き起した。 「ミレイ様!なんてことを!今助けを!」 「い、いい。よば、ないで・・」 「ですが!」 「おね、がい・・このまま、死なせて・・他の人に、嫁がさる、くらい・・なら、このまま・・死なせて?」 すう、と涙が流れる。 彼女の涙を見たのは、3年前。ベルクの死を告げた時を最後に彼女は涙を流すことはなかった。 「ミレイ様・・」 心臓に到達はしていないナイフ。だが、このまま出血が進めば後数分足らずで彼女は死ぬだろう。 だが、自殺をしたものは、生前善い行いをした者が逝ける《天の庭》にも、悪い行いをした者が逝く《地の世界》にも逝けず、魂のまま永遠に彷徨い続けることになる。 つまりそれは、死した後もミレイは愛する人の側に逝くことは許されず、永遠に苦しみ続けるということだ。 「っ・・ミレイ様。大丈夫です。俺に任せてください」 ケインは、覚悟を決めた。 愛する人のために、愛する人を手に掛けることを。 そしてその結果、死刑になることになったとしても、後悔はしないと。 「ベルク様と、どうぞお幸せに――」 僕の、愛する人よ。 最後は心の中で呟いて、剣を抜いて、ミレイの心臓に突き刺した。 彼女はケインの行動に笑みを浮かべ、「ありがとう」と口にし、息を引き取った。 それからは語ることはない。 ケインはミレイ・アーマイゼ侯爵令嬢を殺害した罪で投獄され、今日死刑を迎えるのだ。 白い二羽の鳥がケインの上空を優雅に飛んでいる。 過去に想いを馳せながら、ケインは静かに目を閉じた。 そうして、ケイン・ランドバウは、その日首を刎ねられて死んだ。
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