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妹アイリアは正真正銘の美少女です。
母譲りの波打つ金髪に、白くつるりとした肌と薔薇色の唇に、薄く華やかな化粧を施した姿は宗教画で祈りを捧げる聖女のよう。異母姉妹である私から見ても、自慢の妹です。
それに比べて私は。
肩を滑るまっすぐな黒髪は長いばかりで華やかさがなく、瞳も真っ黒。手足は棒のよう。どんなドレスを着てもぱっとしない、地味で「空気」でつまらない姉です。
ミハイル様が心変わりしてしまうのも、当然の帰結です。
彼は冷淡な顔をして私にしっしっ、と手を払います。
「もう君は帰って良い。……さあアイリア。屋敷を案内するよ。まずは自慢の庭を見に行こう」
「はい、ミハイル様」
取り付くしまもありません。
私は立ち上がり、精一杯綺麗に別れのカーテシーをしました。
「ミハイル様。妹はほがらかで明るい子です。どうか貴方様のもとでも、妹が笑顔で暮らせますように祈っています」
「当然だ。アイリアが涙をこぼす事を僕は許さない」
最後のあいさつを交わし、私は実家――カレリア家のタウンハウスへと戻ります。馬車で待つ馭者は私だけが帰ることに怪訝な顔をしましたが、仔細を告げると押し黙り、そのまま馬車を走らせました。
過ぎていく景色を眺めながら、私は頭を抱えました。
「……妹に、ミハイル様の妻が務まるかしら」
ミハイル様の御母上――ストレリツィ侯爵夫人はとても礼儀作法に厳しい方です。私は花嫁修業の一環として毎月お茶会に呼ばれていましたが、元義母様の注意を受けない日はありませんでした。
『色気づかないで地味にしていなさい。好色だと言われやすい泣きぼくろは隠せないのだから』
『貴方はただでさえ暗いのだから、せめて「淀み」ではなく「空気」でいなさい』
『亡くなったお母様が守ったカレリア家の名に傷をつけないように』
厳しい方でしたが、病で没した私の実母の代わりに厳しく躾けてくださっていた元義母様。
妹はきっと、義母様の目から見て最も癇に障る娘に違い有りません。
「結婚までは時間があるわ。妹には最低限の礼儀作法を教えて、妹と義母様との仲を取り持っておかないと……」
考え事をしている間に、馬車はあっという間に屋敷へと着きました。
帰宅してすぐ、私は父に呼び出されました。
「お父様。婚約者の変更についてミハイル様に伺いました。私が至らないばかりにご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「そんなことは過ぎた話だ」
父は私を振り返ります。意外にも、その顔には落胆はありません。
「喜べ。傷がついたお前を欲しがっているやつがいる」
「え……?」
寝耳に水です。
「本当は妹がよかったらしいが、元平民にはお前で十分だ」
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