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「君は王家御用達になるのがどれだけのものか、侯爵子息でありながら知らないのか」 「と、いいますと……?」  ミハイル様はすっかり青ざめています。いつもの柔らかい物腰はすっかり失われ、落ち着かない心を慰めるようにせわしなく指を動かしています。  公爵閣下は失望した眼差しで、優しく噛み砕いて言って聞かせました。 「いいかね。王家御用達商人として王宮通行証を得るためには、出自から身辺、交友関係の全てから体のすみずみまで調べ尽くされて、徹底的な念書を書いてようやく認められるものなのだ。彼、ストック男爵は王宮から絶対的な信頼を得た身。彼を疑うのは、王宮を疑っているのと同じことだ」 「そ、そんなつもりはありませんが……しかし」  うろたえるミハイル様に、更に公爵閣下は付け加えます。 「それに、ストック男爵夫人とキキ嬢の診断をしたのは、私が紹介した女医だ」 「……」 「彼女の診察も信じられないというのかね?」  固まった空気のなか、ストレリツィ侯爵夫人が口を開きました。 「公爵閣下、そしてキキさん――我が息子が申し訳ございません」  泣き崩れる侯爵夫人を夫であるストレリツィ卿が支えます。 「恥ずかしながら私は、息子が使用人と関係を持っているのは以前から知っていました。しかし……強引に、しかも薬を盛ってまでしているとは知らず。……私の認識が甘かったのです。私が、悪かったのです……!」 「すまない。私が一人息子だと甘やかし、お前に負担をかけすぎていたのが全ての原因だ……」  そして彼は公爵閣下に跪き、頭を深く垂らしました。 「公爵閣下。王都警察の手ではなく、公爵閣下直々にここで断罪してくださった温情感謝いたします。ストレリツィの爵位は息子には引き継ぎません。即刻別の親族へ爵位譲渡の打診をさせていただきます」 「嘘だ……っ! お父さま、どうして!? 平民の女を薬でどうこうしたからって、別に問題ないじゃないか!」 「お前に譲る爵位はないッ!!!」  跪くミハイル様の隣で呆然と立ちすくむのはアイリアでした。 「そんな……ミハイル様……」  そんなアイリアを励ますように、カレリア侯爵夫人――私の義母が手を握ります。 「大丈夫よアイリア。アイリアはまた次の結婚先を見つければいいわ。どこかの次男三男を見繕って、婿入りさせてもいいわけだし」 「そ、そうよね」  安堵する横で父のカレリア卿も一生懸命に空笑いをします。 「ははは、そうさ、儂だって元は侯爵家の次男だしな。まあストレリツィ家の件に関しては、カレリアは関係ないということで……」 「カレリア卿」  王弟陛下の言葉が鋭く、父に突き刺さります。 「カレリア卿、貴殿は財産をほぼ差し押さえられているにも関わらず賭事に興じていると聞く」 「そ、それは! 大丈夫です公爵閣下。資金でしたらこちらのパーティを開けるだけのものを用意できるようになりましたので……」 「親類のテイル侯爵家、ドラスス辺境伯から資金援助を受けているそうだな」  大広間から、テイル卿とドラスス卿が前に出ます。彼らは公爵閣下に挨拶をし、淡々と告げます。 「我々はカレリア卿本人に資金援助を行ったのではなく、カレリア家の家名存続のための資金援助を行いました」 「ど、どういう……!」  お二人は父を一瞥し、そして公爵閣下に向け語ります。 「現カレリア侯爵家はすでに伝統も格式も全て形骸化し、世間の評判も含め、十二貴族に名を連ねるカレリア侯爵家の歴史を貶めるものと存じます」 「私もテイル卿と同意見でございます、公爵閣下」 「なお今回の披露パーティもほとんどがストック男爵夫人――元カレリア侯爵令嬢が用意したもの。間違いないな、ストレリツィ侯爵夫人」  侯爵夫人も公爵閣下の前に出て、私を見てほほえみ、言いました。 「殿下の仰るとおりです。持病の有る私の代わりに、今回のパーティでは女主人としての務めも彼女が代行してくれました。本当に頼りになる淑女です。……伝統あるカレリアの血は、爵位は継がずとも彼女の中に息づいています」 「そ、そんな! 儂が現カレリア侯爵家を継ぐ者です。娘など、ただの平民と同じだ! それに準備をイリスが全てやったなど、どこに証拠が」 「証拠はここにあるぞ」  公爵閣下は騎士に目配せし、ひらり、と証文を広げさせました。  そして胸元から、私がお送りした招待状を取り出します。 「招待状のこの美しい文字は、証文にサインしたカレリア侯爵夫人、そして令嬢アイリアの筆跡と全く違う。カレリア家からの手紙や書類、そのほとんどがイリスの筆跡で書かれていることはすでに確認済だ」 「……ッ……」 「カレリア卿。これまでの貴族らしからぬ言動は王宮まで伝え広まっていたが、歴史と伝統を背負うカレリアの家名を継いだ貴公がふさわしい心に入れ替えてくれる事を願っていた。でももう限界だ」 「そんなことを言わないで下さい、こんなパーティの場で!」 「この場だからこそ、どれだけイリス嬢に頼らねば家が成り立たないのか証明できただろう」 「……」  公爵閣下は付添いの部下に何かを耳打ちします。  複数人の騎士が呼び出され、そのままミハイル様は連れて行かれてしまいました。 「……」  凍りついた場の空気を和らげるような笑顔で、公爵閣下はルーカスを振り返りました。 「皆様の楽しい夜を台無しにして申し訳ない。お詫びといっては何だが、最後に私が皆さんに紹介したい男がいる。ルーカス・ストック男爵だ」
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