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 夫に注目が集まります。 「彼はここ一ヶ月ほど王都で過ごし、私に現在彼が知る国外情報を教えてくれた。特に鎖国を続けてきた東方国の内部情報はストック男爵なしには得られない有益な情報ばかりだった」 「東方国……!」  場の空気が色めき立つ。 「東方国と国交を結べば、東方国との交易だけでなく周辺国へも……!」 「ストック男爵の商船はあの海まで渡っているのか……」 「彼の情報を元に国としても東方国との国交樹立を進めていく。――彼は今後、王室御用達の商人として王都に店を構えるそうなのだ」  ルーカスは公爵閣下に背中を押され、場の中心に出て頭を下げました。 「公爵閣下にご紹介いただきましたルーカス・ストックと申します。王都の皆様には私のような新参者に対しても日頃より快く接していただき、光栄至極と存じております。皆様のご期待に沿えるよう、これからも邁進してまいりますので、妻イリスともども何卒宜しくお願い申し上げます」  夫は背筋の伸びた堂々とした挨拶をします。  獰猛でぎらついた風貌の男性が柔らかく紳士的なお辞儀をすると、一層印象がよく見えるようです。  ルーカスは私を振り返り、琥珀色の双眸を柔らかく細めます。 「イリス。あれを皆様に」 「かしこまりました」  次は私の出番です。  私はキキを他のメイドに任せ、立ち上がり一礼します。 「我が実家が皆様にお見苦しいところをお見せしてしまい、大変失礼いたしました。今宵、決して楽しいばかりの場にはなりませんでしたことを、元カレリア家の者として皆様に心よりお詫び申し上げます。皆様へのお詫びとご挨拶を兼ねました品をご用意いたしましたので、ご笑納頂けましたらと存じます」  私の挨拶に合わせて、ルーカスの従業員たちによって手際よく小さな箱が配られていきます。  その中にはストック社のロゴマークが入った最高級のタオルハンカチが入っています。  タオルセットのお土産は私が提案したもの。各貴族家のリネン品の趣味は私が覚えていますので、それぞれ各家の好みの柔らかさ、手触り、色のものをルーカスに用意してもらいました。  タオルセットは各来賓の従者に箱で渡しております。  じっくり使ってもらって、ストック商会の商品の良さを知っていただければと思います。  場がすっかり白けてしまっていた来客の方々に笑顔が取り戻されます。  ――もちろん、元々来賓の方々には私が直接挨拶回りに伺った折に、今夜起こることをお伝えしておりました。なので私の両親と妹、そしてミハイル様以外はすでに分かっていたこと。  大変な事態だったにも関わらず、その後皆様穏やかに対応してくださいました。 ---  パーティはそのままお開きになりました。  錯乱して役に立たない両親と妹は奥の部屋に下がってもらい、ストレリツィ侯爵家の皆様は国立警察隊の方々に連行されていったので、残された親族である私とルーカスで全ての来賓に挨拶し、見送りを行いました。  公爵閣下を前に、私達は夫婦で深く頭を下げました。 「公爵閣下。今宵は本当にありがとうございました。我が親族がご迷惑をおかけしたことを、重ねてお詫び申し上げます」  詫びる私達に、公爵閣下は首を振ります。 「いずれこうなることが分かっていたのだ。今夜を機に、王都の範囲だけでも平民の使用人の扱いが改善していくとよいのだが」  公爵閣下は私を見て、目を細めて笑いました。 「イリス嬢――いや、ストック男爵夫人。君は美しくなった」 「公爵閣下……」 「ルーカスは私の恩人でね。かつてソラリティカに観光に向かった時、私の母が急に体調を崩したんだ。危篤になったとき、外国船の医者を連れて貴重な薬を譲ってくれた」 「そんなことがあったのですね……」 「彼の商売がしやすいように爵位を与えたのは私だ。貴族社会に顔が通らないと王都では仕事がしにくいからね。しかし彼が選んだのが君だったとは。私もカレリア侯爵家の『本当の血』を継ぐ君が、ルーカスの妻になったことを嬉しく思う。ふふ、まさかあのやんちゃな少年を立派な紳士に躾けるとはね」 「か、閣下……」 「はっはっは! 母に『薬が苦いからってわがままいうな!』と怒鳴りつけられるのはこの国で君だけだろうな!」 「子供の頃の話はどうぞ胸の内にお願いします。……妻に知られるのは、ちょっと」  ルーカスが気まずそうに苦笑いするのを見て、公爵閣下は快活に笑います。 「ともあれ二人共、これからは幸せになりなさい。またもしあちらに行く折には是非、立ち寄らせてほしい」 ---  ストレリツィ邸の事件の後、女医の診察を受けて、妹に最終通告をしたあと。  私はルーカスと書簡を通じて、今夜の計画を急ごしらえで練っていたのでした。  婚約記念パーティで断罪までするつもりはありませんでしたが……。  今後の貴族社会に見せしめる意味でも必要だと公爵閣下が判断され、今夜の計画が実行となりました。  おそらくこのままカレリア侯爵家は没落していくでしょう。  そしてストレリツィ侯爵家は爵位譲渡後、どうなってしまうのか――  歴戦の騎士である侯爵の功績を踏まえると、すべてを失うことにはならないでしょうがミハイル様はこのまま、修道会に入って過ごすことになるに違いありません。  ――こうして断罪の夜は幕を下ろしました。 ---  全てが終わり、私と夫は王都に借りたホテルに二人で帰りました。  久しぶりの二人っきりの夜です。  私はずっと、気になっていた事をルーカスに訊ねました。 「ルーカス……もしかして、私が王都で婚約記念パーティの準備をしている間も、ずっとこちらでお仕事をされていたのですか?」 「まあな」  ルーカスはぎらぎらとした、琥珀の目を笑ませて肯定します。 「あんたの旦那ってだけでかなり助けられたぜ。俺に胡散臭そうにする貴族もイリス・カレリアの夫だと言えば態度をガラリと変えてくるんだからな」 「私一人の力ではなく、カレリアの家名のおかげですよ」 「そうかぁ?! だがそんなことよりも……イリス」  次の瞬間、私は彼の腕の中に収まっていました。 「ルーカス……」 「まさか俺がいないときに、あんな目に遭わせちまうなんてな。ストレリツィ家がキキを酷い目に遭わせた貴族だと分かっていたら、キキもイリスも王都に絶対に行かせなかった。……守れなくて、悪かったな」  きつく抱きしめられ、私は息ができなくなりそうになります。  愛しさと嬉しさと申し訳なさで、胸が一杯になりながら、私はルーカスの広い背中を撫でました。 「ルーカス、私は十分守られております。ルーカスのご縁のおかげでお医者様を呼べましたし、キキやメイド達の無念も晴らすことができました。その後の事も、貴方と相談したからこそできたのです」 「キキはあれから、どうしてる?」 「すごく疲れていた様子でしたので、入院で少しお休みをとってもらうことにしました。けれど寂しがっていたので、すぐに仕事復帰すると思います」 「はは、元気なやつだな……よかった」    ルーカスは軽く口にしていますが、顔は安堵にあふれていました。  見た目は少しガラが悪い方ですが……お優しい方だと、私は思います。 「ルーカス」 「ん?」 「私は、ルーカスと一緒にいなくても、ルーカスの妻だというだけで、心強くて、強くなれました」    私は心からの本心を口にして、彼に微笑みかけました。 「ありがとう、愛しています、ルーカス」  ルーカスの琥珀色の瞳が大きく見開かれます。そして頬を撫でられ、黒髪に指を絡め…。  今度は壊れ物のように、私を腕の中に閉じ込めました。  これで全てが丸く収まると…良いのですが。
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