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父はどうやら早速、私に新しい嫁ぎ先を見つけていたというのです。
「商業都市ソラリティカの成金、ルーカスという男爵だ。事業を当てて爵位を金で買った下品な男だ。うちの借金を一部肩代わりする代わりに、妹を嫁に寄越せと言い出した」
「あ、あの……唐突すぎて……」
「あいにく妹はすでにストレリツィ侯爵のご子息と婚約している。だから、余っている姉なら与えると伝えておいた」
なんということでしょう。
いくら姉から妹への婚約変更とはいえ、王家の承認をいただいて手続を進めていた婚姻が、こうも急に変更となるのはおかしいと思っていたのです。
「しかし、私が嫁げばこの家はどうなるのですか」
「お前の義母はまだ30歳、あと1人くらいは十分生める。それが男子じゃなかろうが、儂が現役ならいくらでも別に世継ぎは仕込めるからな」
娘の前で下卑た顔で笑う父に、実父ながら寒気がします。父はカレリア家相続のために私の実母と遠縁から政略結婚を経て爵位を得た身。カレリア家の誇りはすでに母と共に死んでいるのが現状です。
しかも、嫁ぎ先はソラリティカ。
ここ王都から馬車で一週間もかかる貿易都市です。
山を越えた先の街なので、王都に情報は殆ど入ってこない、言葉も文化も違う。そんな場所です。
父は、溺愛する美しい妹を遠方の元平民に嫁がせたくなくて、私と妹を入れ替えたのでしょう。
そしてミハイル様に恋慕していた妹にとっても、それは願ってもない名案だったのでしょう。
「イリス。お前は今まで通り大人しく元平民に嫁ぐといい。どうせ王都でお前は「空気」だっただろう? かえって王都より住みやすいだろうさ」
カレリア家は実母が病没して以来、転がり落ちるように没落の一途を辿っておりました。しかしまさか借金を理由に私が嫁がなければならないほど困窮していたなんて。
「お父様。私は亡き母の愛したカレリア家が安泰となることを願っております。母の遺品は、持っていってもよろしいでしょうか」
「ああ、好きにすると良い。正式な結婚披露は来年行うそうだが、あちらの要望でお前にはなるべく早くにソラリティカに発ってもらう。家の為に、堪えてくれるな?」
「……もちろんです、お父様」
私は部屋を後にしました。
涙すら、出ませんでした。
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