722人が本棚に入れています
本棚に追加
「コルドラさん、社長がプロポーズしたら結婚してあげてもいいかしら、なんて言ってたもんね……」
「ルーカス社長の幼馴染だったらしいし、今でも社長にぎゃんぎゃん言える唯一の女だったじゃん。そりゃ勘違いするよね」
「でもさー、どうするんだろうね若奥様。コルドラさんほどじゃないけど商会で働く女ってみんな気が強いし、あんな世間知らずのご令嬢みたいな人がやっていけるのかな?」
「実家に泣きつくんじゃない? 知らないけど、カレリアって相当な名家なんでしょ?」
「相当ってレベルじゃないよ! 王国創立以来の十二侯爵家の一つだよ」
「なにそれ、貴族の中でも階級あんの?」
「ばーか、そんなこと言ってるから社長がわざわざマナーブックを嫁にもらうんじゃない」
「でも……正直こんなところに嫁いできたの、よほど本人に難があったとかじゃない?」
「あんな大人しい顔して、何かあるのかね……」
「社長との結婚もちょっと裏がありそうよね。だって社長、今でこそすごい実業家だけど元々は父親の顔も知らない育ちなんでしょ?」
「シッ。いいじゃん、父親がなんだって。あの顔ならどこの出自でも最高だし」
「あー、いいなあ若奥様。私も貴婦人だったら社長夫人になれたのかなー」
「貴族ってそれだけで得よね」
私は壁にそっと背を持たれさせ噂話を耳にしていました。どうやら彼女たちは私が借金の代わりにルーカス様に買い取られた没落令嬢だということはご存じないようです。
噂話が好きな方々がそろってもカレリアの没落が話題に出ないことに、私は少し安心しました。
ふと隣を見れば、キキが泣きそうな顔をしていました。
「イ、イリス奥様……気にしないでくださいね。ただの噂話なので……」
「ありがとう。傷ついてはいないから安心して、キキ」
噂は重要な情報です。少なくとも、私のような新参者にとっては一言も聞き逃せない情報がたっぷり詰まっています。
そもそも噂を立ち聞きするようなお行儀の悪いことをしている私は傷ついたなんて言える立場でもありません。陰口をなくすなんて、無理なことなのですから。
「私に人望がないのは当然の事、どんな評価をされていても素直に受け止めます。改善はそこからです」
「イリス様、お強くてらっしゃいますね……」
キキは感嘆を漏らしますが、大したことではありません。
正直なところ王都の社交界における腹の探り合いより、噂話もあけすけで率直なだけに何倍も楽だと感じます。笑顔と柔らかな態度の裏に隠された本音を読みあう貴族の社交は気疲れするものでしたので。直接的に嫌がらせをされるのは、実家の義母で慣れています。
私はストック商会の経営者である、ルーカス・ストック男爵の妻。
屋敷の使用人の皆さんには女主人として認めてもらうことはできたのですが、商会の女性陣にはこのように、まだまだ受け入れてもらっていません。
しかし受け入れてもらうのも、私のルーカス様の妻としての役目です。
「今はまず、目の前のことから実績を積み重ねていかないとね」
私は気持ちを切り替え、意見を求められていた外商部門へと向かいました。
最初のコメントを投稿しよう!