予定無し番外編4.売られた勝負

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予定無し番外編4.売られた勝負

 ーー射撃。  約40年前のライオネル海戦終結後、銃は軍事貴族階級のステータスとして、そして一般的な狩猟用の猟銃として王侯貴族の嗜みとなっていた。  貴族の嗜みとしての狩猟遊びは、その辺の鳩を犬に追い立てさせて撃ち落とす手法がまず流行したが、やりすぎて鳩が激減する有様となった(この国で野鳥といえばモノトーンの翼が特徴の鵲(かささぎ)なのは、そのせいらしい)何せ食わない鳩は片付けも面倒だ。  という訳で次に流行したのはガラス玉に羽を詰めて従者が投げ、それを撃つという方法だったが、しかし案の定これも、ガラス片がということですぐに終焉した。  結果として、現在では中に粉を詰めた粘土片を投げて狙撃する遊びが盛んになっている。  粘土片はただの粘土片ではなく、趣向を凝らしたものを詰めるのが流行っている。現国王の兄、王兄殿下は王太子時代、東方国から輸入した金箔をふんだんにぶっ放したというのだから酔狂ったらありゃしない。  ともあれ、今回レイスバン卿に持ちかけられたのは粘土片を撃ち落とすものだ。庭園の林のあちこちに散らばった従者たちが、特殊な発射機を使ってランダムに投擲する。それを多く撃ち落とした方が勝ちという勝負だった。  庭園といっても遮蔽物といえば疎らに植林された木々だけ、時刻はほぼ真昼。  初夏の庭の暑さに目を眇めながら、俺はライカから受け取った水平二連銃を手に取った。さすがにいい銃は軽い。  ライカに渡された散弾銃を手に取る俺を見て、レイスバン卿は皮肉そうに片眉をあげる。 「ずいぶん慣れている様子だな」 「おや、私に銃の心得があるのは意外ですか?」 「意外ではないがね。鳥を手ずから捕まえて夕飯にしていた貴殿なら扱えて当然だ」 「夕飯だなんて、」  明快な嫌味と侮蔑に、俺は俺ができうる限り至上の笑顔で応えてやった。 「勝負でなければ、何なら朝食からデザート分まで、打ち落として差し上げられるところなのですが」  肝心のルクシアーノ所有者ホワイトワンド伯爵は、相変わらず好々爺然とした態度で俺たちの様子を眺めている。本当に楽しんでやがる。  俺とレイスバン卿はめいめい移動する。  従者の空砲で、勝負の開始が知らされた。  日差しにしかめつらのライカが言う。 「気づいてらっしゃるとは思いますが、これちょっと曲がってますよ」 「ああ」 「いやですね、旦那様が右曲がりとでも言いたいんでしょうか」 「馬鹿。次くだらねえ事抜かしたらお前を戦果の一匹にしてやるからな」 「クーン」  犬の鳴き真似をするライカを無視し、俺は目を眇めて空を見た。  雲一つ無い空はよく晴れている。  早速飛んできた影を撃ってみるが、想定よりずっと右に逸れた弾道で弧を描いて消えていった。 「ち、」  遠くから景気の良い銃声が響き、空に色とりどりの粉が舞う。レイスバン卿はさすが勝負を仕掛けてきただけあって、ほぼ確実に仕留めていく。 「面白くなってきたじゃねえか」  俄然燃えてきた俺は、自然と口角が上がるのを感じた。これくらいの面倒は慣れている。  外して元々で数発発砲し、俺は手元の二丁の癖を把握した。 「なんだっていい、右曲がりだろうが捻れてようが手懐けてやるさ」 「応援してますね旦那様。だっさい報告を奥様にしないで済むようにお願いしますよ」  軽口を叩きながらもライカこそ、金の双眸を好戦的に輝かせている。喧嘩を売られて昂るタイプなのは、こいつも同じだった。  乾いた音をたてて空に照射される黒い点に、俺は狙いを定めて発砲する。ばん。狙いよりあと指一本分外して飛んでいく弾丸。  しかし中を曲げてあるとはいえ、高級で手入れの行き届いた銃は軽くて撃ちやすい。中古でたらい回しにされた末のオンボロ銃と比べたら雲泥の差だ。 「だっさぁ♡ はい、次次」 「うっせえ、早くよこせ」  レイスバン卿はわざとらしくこちらの失敗を確認した上で打ち落としているようだった。  ぱん。また一つ、破片が割れてキラキラとした粉を撒く。  だが装填手としてはライカの手早さが数段上のようだ。  手数ならこちらの方が余裕で優勢のようだ。  俺はようやく一発あてる。数の上では10発ほどリードを許している。ここから挽回か、と硝煙の味がする唇を舐めた。  渡しながらライカが言う。 「小細工如きで負けるようなルーカス様じゃないって私信じてます」 「しらっじらしいな、お前」 「奥様の真似です」  思わずつんのめりそうになる。ライカがニヤァ、としたり顔で笑う。 「だって商談大成功させて、奥様に褒めてもらいたいでしょ? それとも、失敗しちゃって気を遣ってもらってヨシヨシされたいですか?  へぶ」  美貌の鼻っ面を遠慮なく叩き、俺はガシャ、と銃を整える。 「でもまあ、焦らずとも旦那様が勝ちますよ」  長い銀髪を靡かせながら、なんでもないことのようにライカは遠くを見やった。 「レイスバン卿は後半下がりますよ。この地方の暑さに慣れていないのでしょう、それに大抵貴族の狩猟ブームは秋ですから、眩しさにも慣れていない」  ーーここからは独壇場ですよ。猟犬の目をしてライカが微笑む。  そして時が経過するにしたがって、猟犬の予想通り、見る間に仕留めた数が並ぶ。  敗色が濃くなるとはよもや思っていなかったのだろう、明らかにレイスバン卿の腕が鈍ってきた。  遠くからヒステリックな罵声が聞こえる。 「次の弾はまだか!!」 「は、ただいま」 「ーーッ、何をやっている!!!」  苛立つレイスバン卿に慌てて従者が何かを取りこぼしたようで、更に装填は遅れる。  宙を泳ぐ複数の黒点を、俺は連射で仕留める。炭でも入っていたのだろう、黒い粉が煙のように空の二点に舞う。  その時だった。  パン、  乾いた音が右耳を凪ぐ。刹那遅れて、俺の背後の木が弾ける音がした。
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