35人が本棚に入れています
本棚に追加
考えてみれば、こんなにも面倒臭くて色々と足りていない不出来な夫に、よく付き合ってくれたものだと、少し、涙が出てきてしまった。
彼女はずっと何も言わなかったけど、おそらく苦労を掛けていたのだろう。
……本当に申し訳ない。
僕には度量も決断力も勤勉さも無ければ、思慮深さも勇気も足らない。全てが足らない。にも関わらず、妻はずっと連れ添ってくれた。
でももし僕に、その内の1つだけでも足りていたら、何かが変わっていたのかもしれない。
彼女はあの時、不足した調味料を買いに行くと言って出ていった。
もし僕に決断力や勤勉さ、思慮深さや勇気がもう少しだけあれば、そもそも調味料なんて有るもので済ましていたのかもしれない。
それに、それこそ何らかの天啓も下って、彼女は事故になんて遭わなかったのかもしれない。
それはもう、今更どうしようもない事だとわかってはいても、でも出来れば、もう少しだけでよかったので、感謝を伝える時間は欲しかった。
……何を食べても美味しくなんてないのに、どうして僕はこんなことで悩むのだろう。
それでも料理は、可能な限り敬意を払って、美味しく食べるべきものだ。
それが、いつも美味しい料理を作ってくれた彼女へ、唯一感謝を伝える方法であるような気もしている。
冷めてはいけないと急いで頬張ったトンカツは、塩を付けてもソースを掛けても、それでもやはり同じ味がした。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!