揚げ物に塩

7/10

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 数日後、再度同じ定食屋へ赴く。  何度も見たメニューの羅列に、円周率でも延々と唱えられているかのような錯覚を起こすが、先の反省も踏まえ、僕はトンカツ定食を注文した。  トンカツであれば、予めカットしてあるはずなので肉汁が飛び出る心配もないし、基本的にはトンカツソースくらいしかソースは無いはずだ。僕の中ではウスターソースもトンカツソースも同種であるので、悩む事もない。あるとすれば味噌、あるいは和風ソースという選択肢だが、みぞれカツも味噌カツも別メニュー扱いだったので、この場合は除外される。万事抜かりは無い。  もう天啓など、当てにしない。  待っても待っても下らなかった天啓なんて当てにせず、僕はこの不遜(ふそん)で無慈悲な世の中を独力で生き抜いてやる。  そう思っていたら、注文を受けてくれた店員さんに告げられる。  うちのトンカツ、塩とワサビが合うんですよ、よければ通常のトンカツソースと一緒にお持ちしましょうか、とのこと。  ……どうしてそういうことを言うのだろう。  断りたい。  でなければ、また僕は普通のソースと塩の狭間で揺れ動くことになる。  是非ともお断りしたい。  しかしこういう時、断る勇気が、僕には無い。  人の善意を、無下に断る勇気が僕には無い。  お願いします、と僕は(うなず)いた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加