揚げ物に塩

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 配膳されたトンカツを恐る恐る眺める。  7切れ。  なんとなく予想はしていたが、7切れ。奇数。  ……どうしてこういうことをするのだろう。  何故、天啓は下らなかったのか。  これではまた、塩とソースが半々にできずに、また悩む。  奇数はもう、止めてくれ。  僕にもう少しだけ勇気があれば、こんなことにはならなかった。  しかし、僕に勇気が無いばかりに、僕はまた悩む。  もう僕には意味がわからない。  僕には天啓が下るほどの度量も、決断力も、勤勉さも、素直さ、思慮深さ、それに勇気も、何一つとして足りていないじゃないか。  途端に自分がとてつもなく矮小で、取るに足らない人間に思えてきて、どうしようもない気分になる。  思えば、妻にも言われた。  あなたはちょっとずつ色々なものが足りない、と。  ――まさにその通りじゃないか。  どうしてこんなにもつまらない人間が、のうのうと生きてトンカツなんて食べようとしているのだろう。  そんな輩に天啓が下らないことは当然だし、そもそも調味料の種類を神頼みするなんて、どうかしている。  しかし、僕は変われない。  決断力と勤勉さを合わせ持ち、更に素直で思慮深い勇敢な人間なんて、いるわけがない。  もし僕にそれら全てが、もう少しずつ備わっていたのだとしたら、それはもう超人であるし、そんな完璧な人間は、なんなら神だ。  僕はエビフライにしろトンカツにしろ、何を掛けるべきか大人しく天啓を待っていたわけだが、何の事は無い。僕が神なのであれば、僕の意思が天啓なのだから、僕が迷っているのであれば天啓なんて下るはずも無いに決まっているじゃないか。いやそもそも僕は神ではないから、天啓など下せるはずもなく、僕が天啓を下さないから、僕は天啓を受け取れないのか? 神が僕に天啓を下すように天啓を下しさえすれば、僕は天啓を下して僕は天啓を受け取れるのか? いやもう、よくわからん。よくわからないし、わけがわからない。
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