「かえるよ、君の隣まで。約束」

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それからは穏やかな日々が流れた。 紅谷はどこかよそよそしさを出しながらも、帰れないならとオリヴェルの助けになった。 だが、ある日、平和は最も簡単に崩れることを紅谷は知ることになる。 「にげ、て……」 バン、と住処としている家の扉が大きな音を立てて開けられ、家の中に入ったオリヴェルを見て、紅谷は言葉を失った。 「え!な、なんで!えと、救急車って、ここにないな!あれ?119番、いやそれも!」 肩やお腹から真っ赤な血を流しているオリヴェルを見て、元の世界ではドラマやアニメでしか見たことのない様に情けなくオロオロとしていた。 「ふふっ……」 「っていや、笑ってる場合じゃないでしょ!えと、包帯は?!」 「いい、の……」 「いや、いいって……」 「お願い、聞いて……欲しいことがあるの」 「な、なに?」 ぎゅっ、と痛いほどに紅谷の手首を握りしめながら、オリヴェルは息を切らせながら話す。 「彼らは、魔女狩りよ……ずっと、私をねら、ってたの……ふふっ……まさかこの私が油断しちゃうなん、てね……」 「ま、魔女狩りって、いや、君が魔女みたいなことを言うんだね……」 「冗談だと、思ったの?あなたをこの世界に呼んだのは、誰?」 「あ……」 そもそも、自分が今、この場にいるのは彼女の力があってのものだ。 まさか魔女がこんなに近くにいたなんて、とすごいファンタジー要素だな、とどうでも良いことを考えていた。 「って魔女って不死身説があるんじゃないの?」 「不死身説って……ふふっ。そうね。不死身だったわ……今は違うのよ……」 「え?」 「いいこと?彼らがきたらあなたは……まじょ、に誘拐、された、といいな、さい。そうすれば、あなた……は助けて、もら……」 「えっ?!ちょっ!オリヴェルさん?!」 すっ、と自分の手首を握りしめていた力が緩み、かくんと彼女の身体が傾いた。 思わず声を荒げて、彼女の生死を確認するが、わずかに息をしているものの、病院もないこの状況下で彼女が死んでしまうのは明白だった。 「そ、そんな……どうしたら……」 少しずつ、身体から熱が奪われていく。 そんな彼女の姿を見ていると、反対に紅谷要の身体の中からマグマのように熱い何かが溢れ出してくるのを感じた。 これは、怒りか。絶望か。憎しみか。悲しみか。 わからない。わからない感情が紅谷の心を奪っていった。 そして、気がつけば彼はある魔法を唱えていた。 《月夜の虹 (グロッシュラー) の名の下に    癒し給え、安らぎを与え給え》 彼がそう口にすると、淡い光がオリヴェルの身体を優しく包み込んだ。 その光は、肩やお腹の傷を徐々に治していった。 光が消えゆくのを見届けた彼は、ぽつりと「いかなくちゃ……」と言葉を漏らした。 紅谷が持っている黒い瞳は、あの魔法の後は大空のように澄み渡る青い瞳に変わっていた。 ぼんやりとした足取りでゆっくり立ち上がり、気を失っているオリヴェルをベッドに寝かせて、1人家の外に踊り出た。 彼女を傷つけた者を許すな、と頭の中で声がする。 それは若い男の声だ。 知らない、男のはずの声なのに、どこか懐かしく、どこか身近に感じた。 銀色の髪が視線の中に入ってくる。本来の黒い髪は見る影もなく、月の光のような銀色の髪に変わっていた。 《蛇の化身 狼の牙 虎の咆哮      悪しきその魂 を根だやせ》 彼は、まるで唄うように魔法を唱えた。 初めて口にしたとは思えないほどしっくりくる言の葉たち。その魔法を放った直後、武器を持った男たちに襲いかかるのは、男の首筋を噛む蛇、狼の牙によって腹が食い破られた男、虎の咆哮によって馬も人も混乱を招いている。 一言、彼が魔法を唱えただけで、50人は超える集団は生存者も片手で数えるほどになった。 「ひっ……ま、まさかお前は!」 「たった1人でサマンサ国、パトリック国を滅した、エーヴェル・リュミエル!?」 エーヴェル・リュミエルの容姿は有名だった。 月の光のように光り輝く髪に、サファイアのような青い瞳を持つ魔術師。 彼は、50年も昔の魔術師だが、彼の凄まじい過去は今もこうして語り継がれている。 「お、お前は……死んだはずだ!」 ぶるぶるとまるで子鹿のように怯える生き残った男たちを前に、紅谷要、いや、エーヴェル・リュミエルは、口を開いた。 「お前たちが彼女を害さなければ、きっとオレが記憶を取り戻すことはなかっただろうな……その点ではお礼を言わせてくれ。ありがとな」 にぃ、と笑みを浮かべたエーヴェルは、すっと右手を掲げ、黒い炎を生き残った男たちの周りを覆い尽くすようにした。逃げる隙など与えず一瞬のことだった。 命乞いをする間もなく、彼らは息絶えた。 ふう、とエーヴェルは、何もない前を見る。 黒い炎によって焼かれたのは、生き残った男たちだけではない。元々死していた者たちも焼き払い、その場には死体の一つも残ることはなかった。 エーヴェルが記憶を取り戻せたのは、本当に偶然だろう。 皮肉にも彼らがオリヴェルに手を出さなければ、記憶を取り戻すことはなかっただろう。 魔女狩りによって教会から金銭を得るために、オリヴェルを狙っただろうが、彼らは金銭を受け取ることすらできないまま、命を落とすことになった。 「まぁ、俺には関係ないか……」 ぽつり、と呟きながら空を仰いでいると、「エーヴェル?」と、愛おしい人の声が彼の耳に入ってきた。 エーヴェルが振り返ると、不安そうな顔で立ち尽くすオリヴェルの姿がそこにあった。 そんな彼女にエーヴェルは、両手を広げて微笑みを浮かべながら、彼女の名を呼んだ。 「オリヴェル……」 「っ……エーヴェル!?エーヴェルなのね?!」 「ああ、俺だよ。君と約束を交わした、エーヴェルだ」 「私のこと、思い出してくれたのね!?ああ、よかったわ!目が覚めたらあなたがどこにもいなくて……怪我も治ってて驚いたわ」 「ついさっき記憶が戻ったんだ。それで君の手当が出来たんだよ」 「そうだったのね。彼らは?」 「さぁ?俺のこの姿を見て、逃げ帰ってしまったよ」 くすり、と彼女を抱きしめながら、エーヴェルは冷たい笑みを浮かべた。 心優しい彼女のことだから、きっとエーヴェルが彼らを殺したことを知ると悲しむだろうと思ったため、彼は逃げたと口にした。 「オリヴェル、あの日交わした約束を果たさせてくれ」 「エーヴェル……嬉しいわ」 2人は離れていた時間を取り戻すように抱きしめ合った。 そして、エーヴェルはオリヴェルの桃色の唇に熱い口付けを交わした。
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