有名人の来店 ※

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有名人の来店 ※

 有名芸能人の突然の来店に、スタッフをはじめ、偶然訪れていた客――店中がざわついた。 「お前、本当にハルトと双子だったのかよ」 「はあ、まあ……」  結翔に手を振る陽翔を見て、隣のブースに座っていた先輩が目を丸くしている。結翔が接客中だったため、手の空いているスタッフが陽翔を案内した。  入社式に出たいと言い出した陽翔だ。引っ越しの予定なんて聞かされていないが、来店しても不思議じゃない。芸能人が部屋を借りるときは、セキュリティのこともあり、前もってアポを入れてくれないと困る。今日は応接室も埋まっており、一般客と同じカウンターに座らせることになった。陽翔のマネージャーは何をしているのか。 「営業の人を指名することってできます?」 「は、はい、草薙でしょうか?」 「いえ、堀川さんで」 「え?」  聞こえてきた名前に素っ頓狂な声をあげたのは結翔だ。当の堀川は平然と目の前の接客を続けている。  ――なんで堀川……?  堀川が客を見送り、陽翔の対応を始めてからは気が気じゃなかった。研修中であれば同席できたが、独り立ちした今はそうもいかない。  物件情報を印刷しに事務所内へ入ったとき、ミーハーな社員から二人の関係を尋ねられたが、知りたいのは結翔も同じだった。 「心なしか、堀川も気合い入ってるよな」 「あれだけ綺麗だと、男性も女性もないですよね」 「ころっといってたら笑うな」  ――堀川が陽翔にころっと? でも、好きな人いるって……。  陽翔は結翔が生きてきた中で一番魅力的な人物だ。陽翔を好きにならない人がいたら、どうかしているとさえ思う。しかし、ほんの少しのミーハーな話題にさえ胸やけがしてくる。  好きな人がいても、相手が陽翔なら好きになるのか?  ――一応、俺も同じ顔なんだけど……。  高校の時に盗み見てしまった映像が脳裏を過る。それ以上を想像しそうになって、結翔は慌てて客の元へ戻った。仕事をしている方が余計なことを考えなくて済むと思ったのだ。  漏れ聞こえてくる楽しそうな声を聞きながら、結翔は目の前の客に笑顔を向けた。  ――堀川が陽翔を好きになったらどうしよう。陽翔も堀川を好きになったら……。  焦りを感じながら、平気なふりをして仕事を続けているのが良くなかった。書類のバインダーで前を隠し、なんとか担当していた客を見送ったが、嘘をついたつもりもないのに体は興奮し、昂ぶりすぎた下肢が痛くて立っていられなくなった。  ――どうしよう……。  店の外で前屈みになり、悩んで堀川に視線を向けた。目が合うと、堀川は驚いた顔をした。 『ちょっと、すみません。途中ですが、スタッフを代わらせていただいていいですか?』 『え? ……え、陽翔?』  遠くで二人の声がする。  店外に出てきてくれた堀川に肩を引かれ、膨らんだスラックスを隠すように体を支えられた。後ろでは店長が陽翔に謝る声が聞こえる。仕事で迷惑をかけるなんて最悪だった。  しかし、トイレに連れてきてもらい、便座に座っても堀川の腕を離せないでいた。 「大丈夫か? さっきの客、嘘つかないといけないような案件だったのか?」 「違……っ」  接客はこれまで通り――堀川に教わった通り進めた。内見の予定まで取り付けたし順調だった。 「じゃあどうした?」  原因はわかっている。しかし、堀川には言えない。堀川には何でも言えるが、さすがに本人のことを言えるわけがなかった。 「とりあえず、それ、何とかするだろ?」  股間を指摘され、結翔は内股になったまま頷いた。 「外で人払いしてるわ」  一人になって扉を閉め、慌ててスラックスを寛げた。個室とはいえ、薄い扉を一枚隔てた向こうに堀川の気配がある。結翔は自身を慰めながら浅く息を吐いた。 「……ぅ、っ……」  しかし、没頭したところでノックの音で体が跳ねた。 「なあ。声、もうちょっと抑えらんねえ?」 「声……?」 「結構、漏れてっから」 「っ、ごめん……、そんなに……」  羞恥のあまり一気に体温があがった。集中していると、自分がどういう状態になっているか意識できない。精一杯、堪えていたつもりだった。  考えあぐねて自慰を続けられずいると、堀川の気配が扉に近づいた。思わず耳を疑った。 「口、塞いどいてやろうか?」 「へ? あ、えっと……」  解放に向かって慰めていた性器は、射精しないと収まらないほど張りつめている。 「前にも似たようなことあったし、今更恥ずかしくもないだろ」 「いや、でも……」 「他のやつに聞かれる方がいいか?」 「それは……っ」  ――口を塞いでおいてもらうだけ……。  結翔はシャツの裾で醜態を隠し、便座に座ったまま扉の施錠に手をかけた。手を離すと勝手に扉が開き、顔をしかめる堀川と目が合う。  瞬時に後悔した。いくら堀川から提案してくれても、酷い頼み事に違いない。以前に手で慰めてもらったことがあるとはいえ、あの時はお互いに酒も入っていた。  今日のような素面の日中では――ましてや仕事中ではない。  屈む堀川の手が結翔の口を塞ごうとする。 「やっぱいい……っ、これだと堀川に嫌なもの見せるし……っ」  堀川は平気だと言うかもしれないが、今のような向かい合った状態では見せつけるように性器を擦ることになる。 「ちょっとこっち来い」 「え?」  腕を掴まれ立たされた。  正面から抱きしめられ、ちょうど堀川の肩口に唇が当たった。大きな手が後頭部を包み、唇が肩から離れないように支えてくれる。 「これで見えないだろ」  それはそうだが、鼻から息を吸うたびに堀川の匂いがする。 「今日は一人でできんの?」 「ん……」 「スーツにかけんなよ?」  耳に声を吹き込まれて眩暈がした。  結翔はこくこく頷き、先端にトイレットペーパーを宛がいながら昂ぶりを擦った。堀川の体温が心地良く、前に手でしてもらったときのことを思い出す。  ――また、あれしてほしい……。  そう思ってハッとした。  ――堀川のことを考えながらって……、こんなのもうダメだ。  性欲だけの所為とは思えなかった。最愛の弟に嫉妬するくらい、堀川のことが好きになっている。  思ってもないことを言葉にできないどころか、自分にも嘘をつけない体になっている。堀川の腕の中で快感を貪りながら、結翔は喉の奥で嬌声をあげた。  ――堀川には好きな人がいるのに……。
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