陽翔

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陽翔

「本当に引っ越すつもり?」 「そのつもりだけど、結翔が実家に戻ってくるなら考え直すよ」 「戻らないけど……」 「でしょ? だったら俺も都心の便利なとこに引っ越す。結翔の職場に冷やかしに行ったわけじゃないって」  先日トイレから戻った後、陽翔にいたく心配された。体の反応は治まっても、結翔は顔を紅潮させたままだった。  場を繋いでくれた店長と代わり、堀川は何食わぬ顔で接客を続けていたが、結翔は気が気じゃなかった。恋愛感情を自覚した途端、堀川と陽翔が話している姿を見ただけで、焦りがよりはっきりした。  堀川が陽翔を好きになったらどうしよう――。そんなことばかり考えた。堀川には好きな人がいるとわかっているのに、陽翔への嫉妬を抑えられなかった。 「堀川くんって面白いね」 「え?」 「他の客にもあんな感じの提案なの? 探してくれた部屋が結翔中心だったっていうか、俺のオーダーには沿ってるんだけど、『ここからだと草薙の家からニ十分以内です』とか『うちの店から電車で一本なんで退勤後も会えます』とか、とんだブラコン扱いでさ。あとウケたのが『実際会ってみたら、思ったより似てないですね』って」 「そりゃ……陽翔は魅力的だし」  思わず棘のある言い方になった。しかし、陽翔は「そんな言い方じゃなかったし!」と、気に留めていない様子で手を左右に振る。 「あんだけ俺に興味ない人も珍しいっていうか、面白い」 「陽翔は堀川のこと気に入った?」  こわごわ訊くと、陽翔を困らせた。 「ん? それはどういう意味で?」 「え、あ……」 「……待って。え、何? 恋愛的な話? あ、俺がゲイだから?」  結翔が口籠ると、陽翔は呆れた顔をした。 「ないない。俺、相手いるじゃん」 「え?」 「え? いや、結翔知ってるでしょ?」 「知ってって……、えっ、ま、まだ続いてたの?」 「続いてますー。結翔がそういう話苦手そうだから避けてただけだけど?」 「それは……ごめん」  お互いに気まずい思いをしたのだから、避けても仕方ないと思う。しかし、それは言わなかった。それよりも今は安堵していた。これで、陽翔が堀川を好きになる可能性は低くなった。 「まあ、いいんだけど。そういえば鍵の受け渡しなんだけどね、事務所には結翔も一緒に来てくれない?」 「鍵って、まだ契約も終わってないでしょ」 「それはマネージャーがやるから問題なし! 鍵ってほら、一時的でも他人に預けるのは心配でしょ? まがりなりにも芸能人だし。でも結翔ならその点安心だし。なんなら来るまでにスペア作ってきてくれてもいいし」 「だったら、最初から俺を指名すればよかったのに。心配だった?」 「違う違う。堀川くんのことは、働く結翔の様子を聞きたくて指名しただけ。家に来たりして仲良さそうだったし。実際仲良いんでしょ? 堀川くん家にも行ったらしいじゃん」 「堀川から聞いたの?」 「うん。根ほり葉ほり聞いてたら、『年の近い兄弟っていいですね』って言われちゃった」  陽翔が思い出したように笑う。  結翔も似たようなことを言われた。年が近い兄弟の方が頼れて羨ましいと。  ――頼れる。このことは陽翔に相談してもいいのだろうか……?  結翔は陽翔の恋を知っているが、陽翔には何も言っていない。事情があるにしても体質のことさえ隠している。自分が陽翔にそうされたら寂しい。実際、高校の時に現場を目撃して驚いたように。 「結翔?」 「仲良いっていうか、俺が好きなだけ」 「え?」 「こういう……恋愛的なもの? 初めてなんだけど、どうしたらいいかな?」  恐る恐る陽翔を見るが、目を見開いたまま反応できずにいるようだった。結翔は陽翔から恋人のことを教えられず寂しかったとはいえ、本来は兄弟間で恋愛相談なんてしないのかもしれない。まずいことをしたか――。恋愛に疎かったツケがまわってきている。 「結翔~~っ!」 「えっ」  飛びついてきた陽翔の体重を支えながら戸惑った。美しい顔立ちにそぐわない力強さで抱きしめられ、「苦しい……っ」と陽翔の二の腕を叩いて落ち着かせる。 「結翔は温室育ちだから心配……っ」 「温室って、同じ家で育ったじゃない」 「同じ美しい顔がついてるのに、その純粋さで生きてこられたのは俺のおかげだから!」  少しムッとするものの、陽翔の顔は嬉しそうで、結翔は唇を尖らせるだけに留めた。陽翔の反応に拍子抜けしたところもある。 「陽翔、反対しないんだ……?」 「いくら俺でも恋の邪魔したいりしないって。もう社会人だよ? まだかなって心配してたくらいなんだけど。それに、堀川くんは結翔が倒れたときのフォローが迅速だったし有り! っていうか脈ある気がする!」  陽翔は恋愛の話が好きだったのか、いつになくテンションが高くて少しついていけない。 「脈なんてないって。堀川は好きな人がいるらしいし」 「えっ、それ結翔じゃなくて!?」 「まさか!」 「嘘でしょ!?」  否定すると、陽翔は「じゃあ振り向かせるしかないね」と唸った。 「お互いの家に行ってるってことは、デートくらい行ったんでしょ?」 「デートって、ないよ。だって同僚だよ?」 「ただの同僚の家に、しかも休みの日にわざわざ芋を持ってきたりするの? えっ、サラリーマンってそんな感じなの?」 「それはわからないけど、仕事でしか出かけたことない」 「これからの予定もないの? 立てなよ!」 「でも、ぐいぐい誘って迷惑じゃない?」 「そんなわけないから! 結翔に誘われて嫌な人間なんていないから!」  そう言われて苦笑した。似たようなことを結翔も言った。 「あ……、そうだ。焼き肉を奢る約束だった。堀川がゴルフで優勝したお祝いに」 「おっ、いいじゃん。そこで距離詰めてみたら? 結翔だったらそうだな、まずは手繋いでみたり?」 「陽翔は積極的だね。手か……」  確かに堀川と手を繋いだことはない。しかし、きっかけはどうあれハグもキスも手淫もされたことがある。それでも色恋めいた空気にならないのは、堀川に好きな人がいて、結翔をそんな風に見ていない証拠だろう。手を繋いだところで何か変わるのだろうか。  これ以上となると――、 「待って。もうセックスしかないかも……」 「ハア!?」
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