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飲み会
毎週水曜が定休日のため、火曜の夜は何かと理由をつけて飲みに連れ出される。いつも参加しない堀川を除き、社員同士が(少なくとも表面上は)和気あいあいとしているのは、頻繁なコミュニケーションの成果だろう。一部の社員は、休みの日もBBQやゴルフに連れ立っている。
「お前ら、今日から相棒なんだし、もっと親睦を深めなさいよ。本当ならゴルフでも連れてってやりたいけど、今は梅雨だしなぁ。ほら、グラス」
「あっ、ありがとうございます」
店長からビールを注がれ、結翔は慌ててグラスを傾けた。
注がれた手前、また一口飲むしかない。酒は得意じゃない。飲むとすぐに眠たくなるし、ビールは味だって好みじゃなかった。会社の飲み会となると、やっとグラスが空いたと喜ぶのも束の間、次々同じ酒を注がれる。まだ顔には出ないが、ふらふらしてくる。
「草薙は? そろそろコースデビューできそうか?」
結翔に反し、酒で上機嫌になった店長が肩を組んでくる。
「クラブも貸してもらいましたし、打ちっぱなしには行ってます。でも、やっと空振りしなくなったくらいでコースなんて――」
「デビュー戦なんてそれで十分。そっちの方も堀川が教えてくれるし。ゴルフはお互いの距離を縮める一番のスポーツなんだから」
「俺、何も言ってないのに」
堀川は笑っている。
「スコア八十台の奴が渋るなよ。なあ? 顔も営業成績も愛想もよくて、ゴルフまでできて――」
「あまり買いかぶらないでください」
くだを巻きはじめた店長をいなし、堀川は店員を呼び止めた。
「すみません、追加でハイボールのすごく濃いめ一つとお冷を人数分」
堀川が愛想よく微笑むだけで、注文を請けた女性店員が堀川に釘付けになる。端から見ていて、本当に濃い酒を持ってきてくれそうだった。
確かに堀川は女性ウケのよさそうな整った顔をしている。結翔としては陽翔の方が圧倒的に美しい顔だと思うが、堀川の男らしい体格は羨ましいし見惚れるのも理解できる。
――恰好良いから、冷たくされると余計怖いんだよな。何考えてるかわかんないし。
「堀川に無いものはなんなんだよ……。女にだらしないとかか?」
「普通にパソコン仕事は苦手ですよ。というか、あいかわらず絡み酒ですね、店長」
「うるさい! 草薙、お前も顔だけは良いんだから、その武器使ってでも何とかしろよ。0件って……逆にスゲェよ」
「すみません……」
話が戻ってきて申し訳なさがぶり返した。
顔だって、使えるものなら使いたい。しかし、今まで容姿を利用したことも、容姿で得したこともない結翔としては、顔を武器にする方法がわからない。陽翔なら教えてくれるかもしれないが、今はアメリカなうえ、一番頼るわけにいかない一人だ。撮影で忙しいはずなのに、定期的に『結翔のことを第一に考えられるスパダリで誠実でいつでも結翔を守ってくれる人は見つかった?』と連絡が来るほど心配させている。
――堀川もわかるんだろうな……。
堀川は店員から受け取ったハイボールを店長の前に、お冷を結翔の前に置き、どこか余所行きの笑顔を浮かべている。
「けど、顔だけ見たら本当に似てるよな、ハルトと」
「え?」
同じテーブルにいた社員に顔を覗き込まれ、その視線に緊張して脈が速くなった。
「ドッペルゲンガーかってくらい。うちの嫁が月9にハマっててさ、テレビ見るたびに草薙を思い出すんだよ。こんな目大きくて睫毛の長い男、今まで見たことないし」
陽翔と双子であることは隠そうと思っていた。しかし、顔が同じなのに職場で話題にあがらないわけがなかった。他人の空似です、なんて大嘘はつけない。嘘をついたときの体の興奮度合いは、嘘の大きさに比例するのだ。陽翔と双子であることを否定したら、勃起するどころか、人前で射精してしまう恐れさえあった。
「いや……、あの、実は双子で」
微妙な空気が流れ、店長に背中を叩かれてハッとした。
「今そのネタはいいから。本当に双子だったら、こんな泥臭い仕事しないだろぉ……」
「あ……、はは、すみません」
初めてこの話題があがったとき、本当のことを言っていいものか躊躇した。陽翔と双子だというプレッシャーと、陽翔の双子がこんなものかと思われるであろう負い目に押しつぶされそうになった。
しかし、カミングアウトしたところで、実際は誰も信じてくれなかった。今や結翔の鉄板ネタになってしまっているくらいだ。
最初は拍子抜けどころではなく、ショックを隠せなかった。真剣に打ち明けたことを信じてもらえない悲しさ――。
結翔は惨めさを手近にあった酒で流し込みながら、場がお開きになるのを今か今かと待った。
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