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恋愛観
店に戻る前、二人で駅前のラーメン屋に立ち寄った。肉体労働の後で、腹ごなしもせず残業をするのはキツイ。それは結翔も堀川も同じだった。
鶏白湯ラーメンとからあげのセットを頼み、待っている間にカウンターに置かれた辛いもやしをつまむ。
「その厄介な体質抱えてさ、営業させられるってわかった時点で、なんで辞めようと思わなかったんだ?」
「就活で他社は全滅だったっていうのもあるけど、早く自立したかったんだよね。だから、ちょっと踏ん張りたいなって」
「自立って、一人暮らし?」
「それもあるかな。あとは陽翔――弟がすごく優秀でね。学校の成績も運動も敵ったことないし、最近は芸能界の仕事も順調で経済力もあって、あ、性格も良いんだけど。弟に心配かけたくなくて」
「ハルトと双子っての、やっぱ本当だったのか」
「あ……、はは。みんなは冗談だと思ってるみたいだけど」
「なんで? 疑う余地ないだろ」
「いや、うん……一卵性だし、似てるよね」
締まりのない返事になった。
内側から滲み出る輝きに欠けるせいか、社会人になってからは双子だと言っても信じてもらえなかった。あっさり信じてくれると、嬉しいのに想定外で戸惑ってしまう。
飲み会で似ていると話題になるたびに、ネタだと思われて落ち込んでいたのに、堀川は結翔の苦悩をあっさり乗り越えてくる。
「まあほら、そんな弟と比べるとね、親も弟も、何をやっても俺を心配するっていうか、過保護になってて。俺だって社会人なんだし、一人でも大丈夫だって言えるようになりたくて」
「へぇ」
「あっ、その、一人だけ研修延長してもらってる身で言える話じゃないけど! しかも、堀川に向かって……」
「なんで? いいじゃん」
堀川は結翔の反応を気にすることなく、から揚げにパクついた。
「接客はフォローする余地もないけど、その分、ネット用の物件紹介文書いてたりすんだろ。俺が担当したお客さんの中に、わざわざ紹介文を褒めてた人がいた。細やかでわかりやすいって」
「えっ、ほ、ほんとに?」
「実際、事務仕事は俺より断然早いし」
「じゃあ、今度から頼りにしてもらえそう?」
「できそうなことは」
「それでも全然嬉しいよ」
褒められ慣れていない所為で、顔がにやけて戻らない。ここで謙遜の一つでもできればスマートなのだろうが、堀川に褒められたことも嬉しかった。客にはお世辞を言っているのも聞くが、結翔には前から当たりが強かったから。
「その嘘のつけない体質も活かしようだよな」
「活かしよう……」
「けど、あんますぐ興奮すんのもな。お前さ、ちゃんと抜いてんの?」
下品なジェスチャーが見え、結翔はあわてて堀川の手をテーブルの下に仕舞わせた。しかし、堀川にからかう様子はなく、本気で気にしているようだ。
――肉体的に欲求不満になっていないか。
「その……、適度には……」
元より必要最低限しか自慰をしないタイプだが、就職してから残業続きでその気力もなくなりつつある。
「相手は?」
「恋人のこと?」
「じゃなくてもいいけど、やらしいことする相手」
「たっ、体質のせいで気持ちを誤魔化せないし、ちゃんと好きな人とじゃないと、付き合ったりとか、そういうのはちょっと……。それに、やっぱり恋愛には臆病になるっていうか。駆け引きめいたことを求められても俺には応えられないし」
「求められたことあんの?」
「ないけど……」
「想像かよ」
「だって、こんな体質になるまで男子校だったし! 堀川は恋愛経験豊富そうだけど……っ!」
いや、男子校だったことが恋愛しなかった言い訳にはならない。とはいえ、この体質の原因は欲求不満ではない。
唇を曲げていると、堀川に「怒んなって」と苦笑された。
「ホストやってた頃は、客に金遣わせることに必死だったし駆け引きめいたこともやったけど、そういうの続けてると、だんだん人を信じられなくなんの。だから、草薙くらい嘘つけないってわかってる方がすげぇ気楽」
「そ、っか……。なんか、よかった」
「あとちょっと羨ましいし。その、ちゃんと好きなやつと付き合いたいってやつ。駆け引きなんかしなくても、お前の選びそうな相手なら上手くいきそうだし」
「そ、そうかな?」
「同じフリーでも違うっていうか、ま、中高生みたいに夢抱いてそうで心配ではあるけど」
「ちゅ……っ、それ、本当に羨ましいと思ってる?」
「思ってるって」
砕けたように笑う堀川の顔がくすぐったくて、結翔は「なら良いけど」とラーメンをすすった。
今まで恋愛は縁のないものと見ないふりをしてきたが、堀川の言う通り、駆け引きなしで恋愛ができるなら前向きになるのもいいかもしれない。まずは好きな人を見つけるところからだが、少し楽しみになっていた。
結翔は大きなからあげを一つ、ひょいと堀川の皿に移動させた。
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