昼、深く

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 彼女は少年を見た。  相変わらず俯いていたその目から涙が一粒、ぽつりとテーブルに落ちる。彼は慌ててこぼれようとする二粒目の涙をシャツの袖で拭った。きれいに洗濯されてはいたが、よく見ると端のほうが少し擦り切れている。 「僕、悔しいです……」彼女がなにも言わずにいると、少年はこう続けた。「家が貧乏ってだけであいつらの暇つぶしに使われて……あいつらのことは憎いし、なにもできない自分のことはもっと嫌いです。それに、お姉さんにもこんな迷惑かけてしまったし」 「わたしのことは気にしなくていい」 「でも……」 「ところで、あいつら今日はどんなお遊びをふっかけてきたんだ?」  少年は弾かれるように顔を上げると、それから涙で潤んだ目を左右に泳がせた。 「わたしの考えを言おうか。たとえばやつら、今日はきみが慌てふためく姿を見たくなったのだとしよう……まあ、それはいつものことなのかもしれないが……そこできみに、街行く女性に声をかけるよう命令したんじゃないのか?」  少年は頷くと、「あいつら、僕の見た目をからかうんです。背も小さいし、丸顔で太ってるから」 「短絡的だな。これから成長すれば容姿は変わっていくだろうし、いまだって可愛らしい見た目だと思うよ……と、男性にこんなことを言うのは失礼かもしれないね」 「いえ、ありがとうございます。でもあいつらの考えは違うんです。僕は一生、そういうこともしないだろうって……」 「そういうこと?」  少年は首をすくめると、身を捩るようにしながら頭を掻きはじめた。先ほどよりもさらに赤くした顔に汗までにじませ、視線はひと気のない店内のあちこちに走らせている。 「僕がその、女の人と一緒にすることをしないだろうって……」  彼女はコーヒーを置いて何度か頷いてみせた。今日のいじめの内容を訊いたとき、少年が目に見えて動揺している理由もわかった気がした。 「なるほどね。つまりやつらは、きみが一度も女性と肉体関係を持たず、童貞のまま生涯を終えると言っているんだな?」  少年はふたたび顔を上げ、彼女をまじまじと見てくる。その目には信じられないというような思いがありありと浮かんでいた。 「肉体関係」や「童貞」という単語を耳にしたからか、それともそんな言葉をためらいもなく口にした彼女に対してか、あるいはその両方に示した驚きなのかもしれない。 「やつらのほうこそあんな性格じゃ人に好かれるかどうか怪しいものだけどな。少なくとも、女性から好意を向けてもらえるのは難しいだろうね。まあそこに大した興味もわかないが……そんなことより、いま重要なのはきみの問題だ。ひとつ閃いた。どうかな、きみさえよければ協力してもいいが?」 「協力?」少年が眉根を寄せる。「でも、お姉さんに危ないことは……」 「心配しなくていい。わたしだってあいつらを手荒な方法でとっちめるつもりはないよ。非力な女ひとり、腕っぷしなんてたかが知れてるしね」 「それじゃあ、どうやって?」  訊ねる少年に、彼女は自分の考えを話した。あまり多くの時間を必要とはしなかった。計画は至って単純だったし、おまけに成功するかどうかも怪しかった。そもそも、なにをもって成功とするかもわからなかった。 「急ごしらえの計画だが、なにもやらないよりかはいいと思わないか?」  少年はしばらく俯いていたが、やがてゆっくりと頷いた。返事を待っていた彼女も頷き返すと、テーブルに並んでいた料理からサンドイッチを一切れ手に取った。 「そうと決まれば、まずは食事にしよう。なんだかお腹が空いてきたよ。きみは?」  少年もサンドイッチを手に取り、それをひとくちで頬張った。それを見届けるようにして、彼女もひとくちかじる。  長時間放っておいたからだろう、料理はすっかり潤いを失っていた。
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