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彼女が身を起こしたのは、レースのカーテン越しに差し込んだ太陽の光が、まぶたの上から目をちくちくと刺してきたからだった。
どうやら本当に少し寝入ってしまったらしい。映画もちょうど終わったのだろう、テレビの画面には「fin.」の文字が踊っている。
彼女が傍らを見ると、折りたたんだ膝を抱えてソファの上で丸くなった少年の姿があった。
「起きるんだ」ゆっくりと目を開ける少年に彼女が続ける。「そろそろ出よう」
「すみません。僕、寝ちゃったみたいで」
「わたしもだよ。とにかく寝過ごさなくてよかった」
少年がクローゼットから取り出したブレザーを着るのを眺めながら、彼女はベッドに腰かけて乱れた髪とセーターの裾を直した。
一線を越えこそしなかったものの、室内には営みを終えたばかりの男女特有の気まずさに似たものがあった。
身支度を終えたふたりは、それからともに部屋をあとにした。
「あいつら、まだいるかな?」
「いると思います。予想でしかないけど」
少年の声には侮蔑が滲んでいる。
それはいじめっ子たちに向けてか、自分自身に対してか、それとも彼女へのあてつけか。
「うまくいくといいね」それでも彼女は少年を見た。それからこちらを見つめ返す少年にこう続ける。「わたしができるのはここまでだ。あとはきみ次第だよ」
「はい……」エレベーターを待ちながら、少年は俯いていた。
「どうかしたのか?」
「あの、お姉さん。実は僕、さっき部屋で……」
彼女はまた察しの悪いふりをした。小首を傾げる彼女に対して、少年はそれ以上なにも言わなかった。
これでいい。ふたたび俯く少年を見て彼女は思った。これでいいんだ、と。
はたして、あの三人は先ほどと同じ場所で少年を待っていた。
外ではあらゆるものに反射した陽光が、冬の澄んだ空気の中を無分別に飛び交っている。
ホテルから外に出た彼女は、立ち止まって少年と向き合った。
「こんな僕に付き合ってくれて、本当にありがとうございました」
「気にすることはないよ。わたしも楽しかった。それに、きみにとって肝心なのはここからだろ」
「はい……」
彼女はもう一歩近づくと、その少年の身体をそっと抱きしめた。
首に両腕をまわして肩にあごを乗せるためには、ほんの少し身を屈めなければならなかった。強張った少年の身体から、どこか懐かしさをおぼえる柔らかなにおいがする。
「頑張れよ」
彼女はそう言うと、いまだに身を固くしている少年から離れた。
この光景を、あの三人組も見ているだろうか。
気にはなったが、はっきりとそれを確かめるつもりはなかった。こちらが相手の存在に気づいていると知られたら、この計画とさえ呼べないような浅はかなたくらみはいよいよ瓦解してしまうだろう。
彼女は踵を返すと、なるべく迷いなく見えるような足取りを意識してホテルのラウンジへと戻った。
自室で目を閉じていたときのような、状況をつぶさに把握できる千里眼めいた感覚はもう働いていなかった。
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