あとがき

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あとがき

 彼女は悪意に屈したのでしょうか? 『悪意の三部作』シリーズの第三弾である今作の後書きは、そんな疑問から進めさせていただきます。  悪意は、どこにでもある。 『昼、深く』では今回のシリーズを通して描いてきたそんな言葉を、特に掘り下げ飯てみました。  実際、悪意というものは世界中の至る所に存在するのでしょう。  だからこそ、自分勝手な欲望や騙し討ちのような行為も日常的に存在するのだと思います。  世界をそんなところだと思い込み、日々葛藤し、懊悩するひとりの女性。彼女がひとりの少年から出会うところから、この物語は始まります。  彼女が起こす行動は問題を抱えた少年を救うためなのか、あるいはもっとほかに理由があるのか……  第一弾、第二弾と比べて文量も少なく派手さに欠けた内容でしたので、もしかしたら物足りなく感じられた読者様もいらっしゃったのかもしれません。  ですが自分は、タイトルにもしている昼下がりの穏やかとさえいえる日常の中に、悪意にまつわるひとつの帰結を描いたつもりです。  言わば『昼、深く』は重々しくも激しい情事のあとに交わされる、悪意とのピロートークのような作品なのです。  悪意はどこにでもあり、それに飲み込まれるきっかけはほんの些細ことなのかもしれません。  だからこそこの物語に登場する人物は特定のキャラクターにはなり得ず、その他大勢の中のひとりとして名前も持たせませんでした。  この作品の第一稿は旅先からの帰り道、家に向かう特急列車の中で書きました。  旅行に出る数日前、大人の女性とひとりの少年が睦言のようになにかを語り合う雰囲気の作品というコンセプトで想像を膨らませ、一気呵成に書き上げたのを覚えています。  世の中には悪意しか存在しないのか、それとも善意に満ち溢れているのか。  旅行をそれなりに楽しんでいるあいだも、自分の頭の中では常に彼女と少年が結論の出ない問題を延々と話し合っていました。  冒頭の疑問に戻ります。  彼女ははたして、悪意に屈したのでしょうか?  自分はそうは思いません。  頭の中で繰り返されていた終わりの見えない少年との話し合いの末、彼女はそんな答えのようなものを見出したのだと思えたからです。  世の中には悪意と同じぐらい、善意もまた存在する。自分はそう信じています。  そうでなければ、美しい愛や優しい嘘はあり得ませんから。  しかしその事実はけして、今作の主人公にとっては救いにならないでしょう。  彼女自身も言っていたように、希望を抱くということは同時にその期待に裏切られる可能性を秘めているからです。  だから彼女は悪意に屈したのではなく、世界の清濁を受け入れられないながらも、善悪が渦巻く坩堝の奥底でいまも戦い続けているのだと思います。  善悪について論じているせいか、少々抹香臭い語り口になってきましたね。  この暗いトンネルのような作品群も、そろそろ幕間のお時間にしたいと思います。 『悪意の三部作』はいかがでしたでしょうか?  第三弾の『昼、深く』にてこのシリーズを完結とさせていただきます。  少々独善的過ぎるといえるこの後書きを含め、シリーズをお読み頂いた読者様には大変感謝しています。  ぜひまた、次の作品で皆様とお会いできるときを楽しみにしています。  本当にありがとうございました!   2021年11月 千勢 逢介
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