第三部 逆襲

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 例の、捜査本部の中にいる、和泉逮捕に違和感を持つ刑事か。あくまでも府警側の刑事だから、どこまで協力してくれるかは解らないが、しかし和泉逮捕に違和感を持ってくれているのはありがたい。 「妙なことって、なんですか?」葛木が尋ねると、七瀬は神妙な顔で「DVがあったらしいんです」と言った。 「千田さんと、竹井遼子さんが付き合っていたのは割と知られた話だったみたいです。職場恋愛ですしね。でも三宅警部補の話では、千田さんは、遼子さんに暴力を振るっていたって噂があるみたいで」  そうだ。さっきも、カッとなってベッドを蹴ったりしてた。それに、俺もいきなり殴られたっけ。葛木は急に、さっきの痛みを思い出して頬に手をやった。恋人が殺されて取り乱しているのだろうと思ったが、カッとなって手が出るのはもともとの性格なのかもしれない。 「だとしたら、話が変わってきませんか?」  七瀬は続けた。「千田さんも、容疑者の一人になりませんか?」  夏帆たんならこう言うだろう。《最初から、千田を容疑者から外したことなんかないわ! 関係者は全員、事件が解決するまでは容疑者よ!》と。でも。葛木の心証としては、千田はシロだった。夏帆は事件関係者と会うと、こいつが真犯人だと直感する瞬間があるのだという。それは論理とか根拠とかそういうのがあるわけじゃなく、言葉にして説明できない感覚らしい。葛木にはそんな特殊な感覚はないが、代わりに、この人は犯人じゃない、と感じることはあるのだった。それもまた言葉にして論理的に説明できるものではなく、本当に直感的なものなのだった。そしてその感覚を、夏帆は信じてくれる。  千田に対して抱いたのも、この男はシロだという感覚だった。だが、そのときにはまだ、DVの情報はなかった。その情報がもたらされた今、自分の抱いた直感に対して疑心が沸く。本当に、さっき抱いた感覚は正しいのか―― 《直感を信じなさい。割と当たってるんだから》  夏帆の声が脳裏を過るが、その夏帆がいない今、ほんの少しの不安が残っていた。  なら。  調べるしかない。 「俺、戻ります」葛木は言った。 「千田がホシなら、和泉が逮捕されて喜んでいるのは彼自身のはずです。でも、捜査本部の方針にあえて異を唱えて、盗犯の刑事がコソコソ動き回っているんだから、何か理由があるはずです。その線、追ってみますよ」 「解りました。私、三宅警部補と会うことになりましたので、天王寺へ戻ります。捜査の進捗情報、解ればまた連絡しますね」  会釈をし、東淀川駅へと歩いていく七瀬の背中を少しだけ見送って、葛木は元来た道を歩き出した。夏帆のような直感力も発想力も、自分には備わっていない。だからこそ、疑問に思ったことを一つずつ丁寧に調べていくしかないのだ。
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