第一部 再会

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「捕まえるべき人はもっと他にたくさんいるやろ」  マリはコーヒーを一気に飲み干す。「やっぱり、あんたの目は節穴やわ」 「そうかもね。きみの魅力には気付いても、きみの犯行は見落としたわけだからね。僕は一体、何を見てなかったんだい?」  ストレートに本題をぶつけるのは、和泉の性格でもあり、得意戦法でもある。回りくどく戦略的に立ち回るより、女性にはストレートに気持ちをぶつけた方がいいに決まってるからね。  しかしマリはやはり呆れたように肩をすくめただけだった。「私、行くわ。ごちそうさま」マリは席を立つ。結局、カレーもケーキも半分以上残っている。もともと小食と言うわけではないはずだ。だったら、最初からカレーとケーキなんか頼まず、ケーキだけどか、食べられる量だけを頼むはずだ。いくら奢りとは言え、こういう勿体ない残し方をするような性格ではないはずだ。やはりやましいところがあるからこその緊張か。それでのどを通らなかったか。  和泉の方は刑事の常で食事は早く、カレーもケーキもコーヒーも、あっという間に空っぽだった。どうせ尾行はバレている。和泉はあえて、あからさまにマリの近くを歩く。そうすることで、和泉に注意が向き、鴨林の存在に気付かれにくくなるメリットがある。その鴨林は、ハルカスの地下で二人が下りてくるのを待ちわびているはずだった。  エレベーターで地下一階まで降りると、マリは再びJR天王寺駅まで戻り、今度は券売機に寄らずに改札を抜けた。そのまま向かったのは環状線内回りのホーム。環状線はかつて、最初に逮捕される前に彼女が主戦場にしていた場所だ。  しかし、マリの行動は読めない。これまでの動きは、ただ単に大阪市内を休む間もなく移動しているだけだ。尾行を撒こうとしているわけでもなさそうだし、誰かと会う約束をしているわけでもなさそうだ。何を見落としている――? 環状線の車両がホームに入ってきた。今度は、あえてマリと同じ車両に乗り込む。鴨林も少し離れた位置だが、同じ車両に乗りこんだ。 《解らんなあ、彼女の目的が》  鴨林のメッセージに、和泉は肩をすくめて応じた。  天王寺から環状線を半周し、マリは大阪駅で下車した。大阪駅は地下鉄の梅田駅との接続駅でもあるから、実質、一周回って戻ってきたようなものだ。その足で、マリは駅前のビジネスホテルに入り、チェックインを済ませた。泊まるだと? このホテルで、誰かと会うつもりか? 大阪に恋人でもいるのだろうか――マリがホテルのエレベーターに乗った。和泉も一緒にエレベーターに乗りこみ、五〇五号室に彼女が入ったのを見届け、ロビーに戻って鴨林と合流する。 「彼女、泊まるんか。わしら、日帰りのつもりやったからなあ、どうする?」 「僕は泊まるよ。鴨さん、先に帰っててくれる?」 「乗り掛かった船や。わしも泊まるわ。夏帆たんには、明日謝ろ。ここまで来たからには、ちゃんと結果を出して帰らなな」  フロントに尋ねると、幸運にも部屋は二部屋開いていた。マリと階数は違うが、そこは仕方がない。部屋があっただけでもラッキーだ。  そうして和泉は五階のエレベーターホールで、鴨林はホテルの前で、彼女の動きを待った。 そうして二人の刑事は待ち続け、十八時を回ったあたりで、彼女が部屋から出てきた。
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