第一部 再会

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 マリは昼間と同じように改札を抜け、地上に上がり、千日前商店街へと入っていく。歩くスピードは昼間よりも早い。スリの犯行を現認したからには、現行犯逮捕が鉄則ではあったが、しかし、この事件の裏に何かあるのだとしたら、今はあえて泳がせておいた方がいいだろう。もちろんマリは、自分自身に尾行が付いていると解っている上で行動するはずだ。ということは、昼間のリハーサルと違う動きをしたときが要注意だ。道具屋筋を抜け、日本橋のオタロードから電気屋街へ。和泉は慣れない街で、とにかくマリの背中だけを見つめて足を進める。  マリは不意に立ち止まり、こちらを振り返った。視線がぶつかる。撒いたかどうか確認したのか、それとも気づいているぞという威嚇か。マリは和泉の存在を確認すると、今度は目の前にあった地下鉄堺筋線日本橋駅の階段を下りて行った。  昼間と違う。マズいな。違う動きをされると、初めての場所ではうまく対処できないかもしれない。仕方ない、ここで押さえるしかない!  和泉は飛び立つかのように地面を蹴って走り出し、地下鉄への階段を軽やかに駆け下りた。マリは改札を抜け、天下茶屋行きのホームへと下りていく。電車が来ている。これはマズい――マリが電車に飛び乗り、和泉の目の前でドアが閉まった。電車の中のマリは、和泉を一瞥もしない。  やられた。でも、行き先は天王寺だ。和泉は来た道を戻って地上に出ると、タクシーを捕まえて天王寺駅を指示した。ナビアプリで調べると、日本橋から天王寺駅までは十分程度か。運転手に尋ねると、順調に行けば車なら十分以内に着くとのことだから、ぎりぎり間に合うか。  もちろん、天王寺駅は囮の可能性もある。途中下車して姿を消されたら厄介だ。それに、天王寺はかなり大きい駅だったから、昼間とは違う動きをされたら見つけられないだろうが――しかし、諦めるわけにはいかない。必ず昼間の動きに意味があるとしたら、同じように環状線に乗ろうとするはずだ。 「鴨さん、そっちはどう?」  和泉は鴨林に電話をかけると、その鴨林は困惑したように、《それがな、ガイシャが、何も盗まれてへんって言うんや》と言った。 「そんな馬鹿な。僕は間違いなく見た!」 《わしも見たわ! せやから次の大国町でガイシャに声をかけて、電車を降りてもうたんやけど、本人が何も盗まれてんって言うてるんや》 「その女性は、まだ一緒にいるの?」 《いや。次のにもう乗った。しゃあないからわしも同じのに乗って、ガイシャを張ってたんやけど、今天王寺で降りたとこや》 「また天王寺か。一体、何があるんだろうね?」 《さあな。ガイシャは今、駅前のマクドに入ったわ》 「了解。こっちは彼女に日本橋で地下鉄に乗られたから、タクシーで向かってる。もう着くよ」 《解った。ワシも御堂筋の改札へ移動して、沢口マリを押さえるわ》  天王寺の駅ビルが見えた。信号でタクシーが停まり、和泉はここで降ります、おつりはいいですと碌にメーターも見ず二千円を差し出して、タクシーを飛び出す。  何も盗まれていないとは、どういうことだ? 僕も鴨さんも、絶対に見た。マリが何かを掏ったのは間違いない。掏られた方も、警察には言えない何か疚しいものを掏られたということか。この事件、根が深そうだ――  和泉は鴨林と同じように御堂筋線の改札へ向かおうとして、ふと思い立って足を止め、JRの改札を抜けた。マリは環状線に乗ったのだから、こちらで待ち受けた方が確実ではないか。和泉は環状線内回りのホームに下り、中央付近で目を凝らす。  そして見つけたマリの姿は、二つのホームを挟んだ、環状線外回りのホームだった。和泉の足は反射的に走り出す。電車が来る。何とか間に合え――!
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