第一部 再会

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 アナウンスをよく聞くと、さきほどホームに入ってきた電車は環状線ではなく、関空特急はるかという特急列車のようだ。昼間、券売機のところで立ち止まっていたマリは、もしかして、特急料金を見ていたのか。関空特急と言うからには関西国際空港と連絡している特急なのだろうが、よもや海外逃亡なんてことはないと思うが――走りながら聞こえてくるアナウンスでは、今入ってきたのは京都行きだそうだから、そもそも逆方向か。  中央改札の前、人の波を潜り抜け、外回りのホームへ降りようとしたところで、中年の男とぶつかる。「ごめんね!」謝罪もそこそこに先を急ごうとするが、男に腕を強くつかまれた。「ごめんで済んだら警察いらんわ!」めんどくさい男。酔っ払いか? 怒鳴る男は嫌いだ。相手をしている暇はない。和泉は身体ごと一回転してその手をするりとほどき、まだ何か怒鳴っている男を無視して、ホームに飛び降りた。  はるかのドアが目の前で閉まった。列車が動き出す。和泉は必死に車内に目を凝らす。デッキに立って、ドアの窓からこちらを見ていたマリと目が合った。  マリは微笑んでいた。でも、勝ち誇った笑みと言うわけではない。どこか哀しげで、一方で強い意志を纏った微笑。  スピードを上げ、視界の中でどんどん小さくなっていく特急はるかを、和泉はただ見つめているしかなかった。  さて、どうするか。  和泉は珍しく落胆した表情を隠さず、中央改札から一旦コンコースに出て、鴨林と合流する。経緯を説明すると、「惜しかったなあ」と鴨林は渋い顔をして言った。 「はるかに乗ったんやったら、新大阪とか京都まで行って、新幹線に乗って東京へ戻るつもりかもしれんな。どっちにしろ、見失ってしもたな」 「かもね――」 「なんや? 歯切れ悪いな」 「うん、まあ――でも、まだ大阪に残るんじゃないかな。僕の勘だけど、何かまだ、彼女はやり残したことがある気がする」 「やり残したことなあ――それはそうとして、すでに起こった犯行も立証できずやからな、ガイシャは完全否定やったからな」 「でも、見たよね。掏られたところ。その被害者の女性にとって、盗まれてどうでもいいものだったのか、それとも盗まれたことさえ明るみに出るとマズいものだったのか。後者だとすれば、どうしてマリはそんなものを狙ったのか――」 「マリにとって利益になるって言うよりは、マリ自身にとって不利になるもんやったとか? だから、わざわざそれだけを狙ったとか」 「かもね。鴨さん、その被害者の女性って、まだ駅前のマックにいるのかな?」 「行ってみよか」と鴨林が先に歩き出し、和泉はそのあとを追う。  天王寺駅北口を出て、目の前の横断歩道の信号待ちをしていたときだった。背後から悲鳴が聞こえ、辺りがざわつきだした。駅前の公衆トイレか。和泉と鴨林は顔を見合わせ、互いに不穏な空気を感じ取り、踵を返す。誰か助けて! 救急車! 女子トイレから飛び出してきた女性が叫ぶ。和泉は警察手帳を掲げで女子トイレに入ると、一番手前の個室の中で、女性が倒れ、血を吐いて、息苦しそうに喉を搔きむしっていた。毒物か。「鴨さん、水を!」服毒しているなら吐かせなければならない。  そこで苦しんでいたのは、スリ被害を否定した女性だった。死ぬんじゃない、きみには聞かなくちゃいけないことがあるんだ!
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