第二部 窮地

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         *  天王寺駅に着いた葛木と芽衣は、鴨林の姿を探し、彼を見つけると同時に、その隣に不本意そうな表情で立っている平坂七瀬を見て、思わず顔を見合わせた。芽衣はもともと丸い大きな目をさらに丸くさせて口元を押さえる。勾留中の和泉から情報を聞き出すために夏帆が打った手が、まさか平坂七瀬だったとは。二年ほど前に弁護士として、そして重要参考人として夏帆とともに相対したときの七瀬の印象は、野心と正義感の狭間で揺れる不器用な新人弁護士だった。正々堂々と夏帆に立ち向かっていた姿も印象的だったし、今も立ち振る舞いはさらに堂々としているように見えた。 「お久しぶりです。その節はどうも」七瀬が葛木に向かって微笑みかける。その堂々とした視線に気圧され、「いえいえ、こちらこそ」と葛木はちょっとたじたじと返答したのだった。 「まさかあなたにお願いするとは――使える人脈は何でも活用するのは、夏帆たんらしいって言うか」 「夏帆たん――? ああ、西岡警部補のことですか。あなた、葛木さんでしたね。上司のことをそんなふうに呼んでるんですか?」 「本人の希望なんです。平坂さんもそう呼んであげてもらえれば、喜びますよ」  七瀬はため息をつき、「遠慮します」ときっぱり言い切る。ですよね。それが普通の反応だよなと葛木は曖昧に微笑む。 「それより、仕事に取り掛かりましょうか」  七瀬は腕を組んで言った。「事件の概要は、西岡警部補と鴨林さんから聞いています。和泉秀巡査部長の人となりも――女性に恨まれそうな方ですね。彼は、本当に無実なんですよね?」 「それは間違いありません。あいつは人を殺すような人間じゃない。彼は嵌められたんです」 「解りました。西岡警部補からは、私は和泉巡査部長と接見して、情報を聞き出すように言われています。報告は逐一、葛木さん、あなたにするようにと。いいですね?」  その場で葛木、芽衣、鴨林は七瀬と連絡先を交換した。七瀬は「では」と軽い会釈で踵を返し、和泉が勾留されている天王寺東警察署に向かって歩き出した。 「突然のややこしい依頼だけど、大丈夫かな」七瀬の背中を見つめ、葛木が呟く。芽衣がその葛木の横顔に、「夏帆先輩が任せようって思ったんですから、大丈夫ですよ」と笑顔で言った。芽衣は絶対的に、夏帆の判断を信じている。もちろん、葛木も夏帆を信じてはいるが、ときおりその意外さに不安になることもあるのだった。  しかし今は、立ち止まっているときではない。「さ、俺たちも動こう」葛木は言った。 「鴨さん、現場へ案内してください」  よっしゃ、こっちや。鴨林の大きな背中を追って、葛木と芽衣は天王寺駅のコンコースを歩く。七係の基本ルールは敬語不要であり、夏帆や和泉のように年上でも年齢が近ければ何とか気にせずそれが実践できるが、鴨林とは十歳以上離れているため、葛木の性格上、敬語を使わないのは気が引けるのだった。七係のもう一人、片山仁志にも同じ理由で敬語を使っている。そもそも敬語不要ルールができた一番の理由は、夏帆自身が敬語を使いたくないし使われたくないから自分で作ったルールであり、他のメンバーがどのように実践するかは各々の判断に委ねられているのだった。だから芽衣のようにオール敬語でもOKだし、葛木の使い分けもOKなのだ。 「片山は何か見つけたんかな」  鴨林が誰にともなく呟いた。この場にいない片山仁志は夏帆の指示で、東京の沢口マリの自宅を調べに動いているはずだが、今のところ何の報告もない。
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