第一部 再会

2/13
前へ
/56ページ
次へ
 鴨林が戻ってきた。「ほな、行こか」と手に持っているのは、二枚の新幹線の乗車券。 「いや、鴨さんまで行く必要ないよ。僕だけ行かせてくれたら――」 「何言うてるねんな。お前は相手に、面が割れてるんやろ。ほな、面の割れてないわしが一緒に行ったほうがええやんか。それに――」鴨林はにやりと笑う。「ずっと県外移動は自粛やったからな。ちょっと、故郷大阪の空気を吸いに行きたいしな。日帰りやったら、夏帆たんかて事後報告で赦してくれるやろ。もちろん、ホシを逮捕して帰ることが条件やろうけど」 「当然さ。ま、大阪に着く前に片付けるつもりだけどね」  和泉もフッと笑い、二人は改札に向かって歩き出す。  沢口マリは博多行き新幹線の、六号車の指定席に乗り込んでいた。隣の席は空席。乗車率は六〇から七〇パーセントと言ったところか。和泉と鴨林は六号車と七号車のデッキで張り込むことにしたが、幸運にもそちら側にはトイレがない。つまり、彼女が席を立ってトイレに行くときに、鉢合わせずに済むということだ。ただし、指定席車両のデッキに男二人が立ちっぱなしという不自然な状況ではあるが――。 「で、どんな相手やねん、彼女は」  鴨林が尋ねた。和泉はマリの後頭部から目を離さずに応える。 「三十五歳。大阪市出身。碌に働かないギャンブル三昧の両親のもとで、子どものころからお金には苦労したらしいよ。で、お金を手に入れるために十代からスリを覚えて、大阪環状線を主戦場にしたハコ師としてかなりの数の犯行を重ねていた。二十歳で一度目の逮捕。しかしその犯行の多くを立証できず、懲役二年、執行猶予五年の判決で街に戻ってきた。それから、二十代後半で東京に出てきた。で、五年前、三課と鉄警が連携して大規模なハコ師の一斉検挙のキャンペーンをやったときに、僕の班の担当が彼女だったのさ」 「五年前はわしも鑑識に居ったから、そのキャンペーンは覚えてるわ。マル害の財布の指紋採取なんか、アホほどやったなあ。やってもやっても終わらんほど財布が届いてた。懐かしい話やな。で、なんで逃がしたんや?」 「だから、逃がしたんじゃないよ。捕まえられなかったのさ」  僕も未熟だったねと、和泉は前髪をかき上げる。「彼女は当時、一見すると真面目に介護士の仕事をして、一人息子を育てていたシングルマザーだった」 「ちょっと待て、息子がおるんか?」 「そうだよ。二十代後半、付き合っていた男がいて、彼女は妊娠し、そいつと結婚するつもりで東京に出てきたが、実は相手には妻子がいたってオチさ。酷い話だね。――で、彼女は一人で介護の仕事をしながら子どもを育てていた。しかも、夜勤をしたら子どもを見られないから、夜勤のないパートでだよ。相当苦労したと思う――」 「そうやな。女手一つでは大変やろうな」 「鴨さん。女手一つなんで、もう古いよ。今はワンオペ育児って言うんだよ?」 「意味は同じやろ。しかしあれやな、その話だけ聞いてると、スリ摘発の対象者にならなさそうな、更生したように見えるけど、なんで捜査対象になったんや?」
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加