第二部 窮地

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《ねえ葛木》電話の向こうで、夏帆がため息をついて言った。《物ごとを多面的に観ることが必要だって、いつも言ってるでしょ。成果なしの反対は?》 「成果あり――?」 《そうよ! よく考えて。近隣のコンビニの防犯カメラには、竹井遼子の姿はなく足取りが途絶えた。でも、このご時世、防犯カメラに写らずに歩く方が難しいわ。でも、足取りが途絶えてるってことは――?》 「ってことは――カメラに写らないように意識して動いていた?」 《駅の防犯カメラには堂々と映ってたんだから、それは違うでしょ。それよりも、もっとシンプルに考えて!》 「防犯カメラに写らずに駅まで――あ、車で送ってもらった?」 《そうよ。つまり被害者が死ぬ前に誰かに会っていたってこと。怪しさ抜群ね。そこで毒を盛られたか、もともと持っていた自分の薬とすり替えられたか。何にしても、竹井遼子が駅に着いた時間は解ってるわけだから、駅出入口周辺の聞き込みね》 「でも、今さっき妨害を受けたとこなのに、やりにくいな――」 葛木が口ごもると、《いいのよ! もっと派手にやりなさい!》と夏帆の張りのある声が返ってきた。 《コソコソ動いてあんな反応があったんだから、もっと派手に動けば、もっと反応があるはずよ。相手をとことん刺激して、尻尾を出させるの! このヤマ、大阪府警が無関係だなんて思えない。じっくり腰を据えてやってる場合じゃないのよ、時間がないんだから!》 「府警を刺激して、大丈夫か? 警視庁に抗議が行くんじゃ――」 《そんなの、もう来てるわよ》夏帆は平然と言い切った。捜査一課殺人犯捜査の六、七、八係の担当管理官である藤崎から、すでに夏帆には警告が入ったらしい。もちろん、そんなことを歯牙にもかけないのが夏帆だったし、藤崎も夏帆に対しては何を言っても無駄だということは承知の上だ。七係は警察組織の調和を乱す問題の多いチームだが、押さえつければ事件解決が遠のく。組織の調和で自身の地位の安泰を確保するか、検挙率アップにより成績を上げて出世を目指すか。藤崎はそれらの葛藤と、現実的な中間管理職としての職責で、日々苦悩しているのだった。  夏帆は夏帆で、《責任を取るのが管理職の役目なんだから、いいのよ!》と平然と言い切り、電話を切った。ちょっと藤崎に同情してしまう一方、出世や管理職へのあこがれが一切なくてよかったと思う葛木なのだった。  しかし、よく考えたら、派手に動いて相手の反応を直に受けるのは俺だよな。痛みを思い出し、葛木は右手で頬に触れる。  しかし、時間がないというのは夏帆の言うとおりだ。通常どおりの捜査方法じゃ遅すぎる。葛木は意を決して谷町四丁目の駅周辺の聞き込みを始めた。
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